異常なときめき
――翌日。
ヒメカは、昨日の店でもらった試供品の香水をつけて登校した。
百合の花に似た、清楚で甘い香りだ。
「おはよーメガネ君! 今日もよろー!」
早速、隣に座るリィトにアピールする。
ぐいっと近付き、肩をくっつけ、
「ねぇねぇ。今日のあたし、いつもと違うトコあんだケド……どこかわかる?」
なんて、ウィンクしながら尋ねる。
今日もメイクはばっちりキメてきた。
さぁ、どうだと言わんばかりにリィトの反応を待っていると……
突然、リィトはハッとなり、ヒメカの首筋をすんすんと嗅ぎ始めた。
「ちょ、メガネ君っ……く、くすぐったぃ……っ」
ここまで効果があるとは聞いていない。
首にキスされそうな距離感に、ヒメカはどぎまぎする。
「あのっ……さすがに教室でこんな……!」
「――どうしたの?」
リィトは、低い声で遮り、
「この香水……どうしたの?」
顔を覗き込むようにして、聞いてきた。
その真剣な眼差しに、ヒメカはますます動揺する。
「き、昨日お店でもらったの、試供品……メガネ君にときめいてもらいたくて……」
それを聞いたリィトは、眼鏡と前髪の奥にあるであろう目でヒメカをじっと見つめた後……
「…………そう。すごくいい匂いだね」
いつものボソッとした声に戻り、ヒメカから離れた。
未だ暴れる心臓を押さえながら、ヒメカは確信する。
(……なに今の。メガネ君、めちゃくちゃ食い付いてたじゃん。やっぱ匂いってすごいんだ……これは貰魔力大量ゲットの予感がするッ!!)
――その予感は、まったくもって当たらなかった。
今日も今日とて、いちキュンも鳴らないまま、放課後を迎えたヒメカであった。
「うわぁあんっ! もうどーすればいーのかわかんないよぉっ!!」
涙を靡かせながら、ヒメカはスケーターをギュンギュン走らせる。
匂い作戦もダメ。
お色気作戦もダメ。
「あーん」作戦もダメ。
完全にお手上げ状態だ。
他のバディは互いにキュンキュンしまくり、順調に貰魔力を貯めている。
そもそも、バディをあてにせずとも、みなファンやオス豚から貰魔力を稼げる強者揃いなのだ。
その中で、ヒメカだけが未だに0。
焦るなと言う方が無理である。
「まさか…………あたしって、カワイくない?!」
がーんっ。と立ち尽くすヒメカ。
そのまま、ビルの窓ガラスに映る自分を見つめる。
ピンク髪に金のメッシュ。
ばっちりキメたメイク。
ハデハデにリメイクした制服。
スタイル抜群なメリハリボディ……
「…………いや、めっちゃカワイイわ。間違いなく世界最強だわ」
では、何故リィトはときめいてくれないのか。
…………もしかして。
「……あのメガネ、ぜんぜん度が合ってないとか……?!」
それだ。それしか考えられない。
そうとわかれば、昨日のおねーさんのお店に行って、メガネを買ってこよう。
なんて、度数もわからないのに昨日の店を目指し、スケーターを滑らせるが……
「…………あれっ?」
昨日と同じ路地を進んだ先に、あの店はなかった。
それどころか広場すらなく、暗いビルの谷間が続くばかり。
「おっかしいなぁ、この道で合ってるはずなんだケド……」
仕方なく、元の通りに戻ったところで……見知った顔とばったり出会った。
実戦演習でリィトと対戦した、ローカルアイドルのメルリ・エンジュである。
「おっ、メルりんじゃん。いま帰り?」
「げっ。同じクラスのギャル」
綺麗に巻いた亜麻色のツインテールを揺らし、メルリが仰け反るが、ヒメカは構わずぐいっと顔を近付ける。
「メルりんも家こっちなの? あたしは学院の寮住みなんだ! それともどっか寄り道中?」
「会って早々うるさいわね……クリーニングを取りに行ってただけよ。今から帰るところ」
言われてみれば、メルリの手にはビニールに包まれた衣類があった。
その色味と質感に、ヒメカは首を傾げる。
「クリーニング? って、それ学院の制服じゃね?」
「……そーよ。学院のブレザー。あなたのバディが貸してくれて……ちょっと濡れちゃったから」
「ああ、あの時の。自爆してびちょびちょになったメルりんに、メガネ君がブレザーかけてたもんね。そんでわざわざクリーニングに? メルりん、めっちゃ律儀じゃん」
「あ、当たり前でしょ? 私のせいで濡らしちゃったんだから。っていうかナニよ、その『メルりん』って」
「え? だって、メルリ・エンジュちゃんでしょ? だからメルりん。かわいくない?」
「答えになってないし……まぁいいわ。それで……一緒じゃないの?」
「なにが?」
「だからっ……リィト君、一緒じゃないの?」
言いながら、何故か頬を染めるメルリ。
その反応を疑問に思いつつ、ヒメカは答える。
「一緒じゃないよ。メガネ君、授業終わるとすぐどっか行っちゃうから、あたしも困ってんの。ほんとは放課後もグイグイ攻めたいのに……」
「あなた、貰魔力集めに苦戦してるみたいね。リィト君って、そんなに手強いの?」
「手強いってゆーか、鈍いっていうか……内緒だけど、あたしは不感症なんじゃないかって思ってんの」
「ふかっ……んんっ。彼、真面目そうだものね。私のえっちな攻撃にも無関心だったし……そんなところも素敵」
「え、なんて?」
「なんでもないわ。逆に、あなたがチョロすぎるんじゃない? 授業中もしょっちゅう『キュンキュン』鳴らして……昨日の演習では私にまでときめいてたでしょ?」
「えー、だって可愛かったんだもん。ミカモ先生もクラスのみんなもまじ最高じゃない? かわいくてかっこよくて、さっすが愛神科ってかんじ」
「……ヘンなの。普通、ライバル視するもんじゃない?」
「そーかな? あたしはあたし、みんなはみんなだし、それぞれ違う良さがあるから『キュン』ってくるんじゃん?」
「……今どきギャルのカッコしてるだけあって、やっぱ変わってるわね」
「いえーい。ありがとメルりん」
「褒めてないから。あ、そうだ。変わってると言えば――」
メルリは思い出したようにバイタリストを操作し、
「あなたからもらった貰魔力、なんかヘンなのよ。なんて言うか……数値が異常なの」
そう言って、液晶画面をヒメカに見せた。




