ビルの中の鳥かご
――結局、ひとつも貰魔力を稼げないまま、放課後になってしまった。
「はぁ……まじサイアク」
エアスケーターで滑る気にもなれず、ヒメカはとぼとぼと歩いて帰る。
いろいろ仕掛けてはみたものの、リィトは暖簾に腕押しどころか、押し返してくるような始末で、まったくときめいてくれなかった。
こんなメッカワギャルがグイグイ攻めているのだからもっとドキドキしろと、ヒメカは不満と焦りを募らせる。
(つーかメガネ君、ムダに優しくて意味わかんないんだけどっ……あと声もムダに良いし、動きとか喋り方とか落ち着いててムダにヨユーあるし、手もムダにおっきくて綺麗だし……って、違う違う! メガネ君をキュンさせる作戦を考えんのっ! 明日こそ貰魔力稼がないとヤバいんだから! むぅぅ、なにか良い案は…………)
「……とりあえず、新しいコスメでも見に行こ」
坂を下れば、すぐに繁華街。
気分転換も兼ね、少し寄り道をすることにした。
エアスケーターの車輪を起動し、ヒメカはしゅーっと坂道を滑る。
空を反射するビル。舞い散る桜。港の風。
ここから見下ろすヨコハマの景色は、いつ見ても壮観だ。ヒメカの語彙を借りるのならば、「エモい」というやつか。
(……そういえば、入学式の日に降って来たカッコイイ先パイ。学院で見かけないなぁ。使ってた賜魔術的に、同じ愛神科だと思ったんだケド……)
と、路地を下りながら、ヒメカは彼を思い出す。
(あんな先パイと付き合えたら、絶対キュンキュンしっぱなしだよね。いやでも、あのイケメンそーな雰囲気で愛神科なんだから、間違いなくチャラいか。同学年の女子から貰魔力鬼搾取してそう……)
などと妄想しながらスケーターを滑らせていると……
ふと、横目に何かが光って見えた。
路地の奥。
狭いビルの向こうが、やけにキラキラしている。
「……? なんだろ」
ヒメカは興味を惹かれ、そちらにスケーターを走らせた。
暗く、人気のない路地。
それを抜けると……一気に視界が開けた。
ビルに囲まれた円形の広場。
その真ん中に、不思議な建物があった。
――鳥かごだ。
金色のフレームとガラス窓を合わせた、鳥かご型の建物。
窓に映る空の青と、フレームに絡まる蔦の緑。
それが、太陽のスポットライトに照らされ、灰色のビルの真ん中に浮いているようだった。
見たところ、何かしらの店舗のようだが、看板は出ていない。
ヒメカは、吸い寄せられるように近付いてみる。
と、ドアがひとりでに開いた。
まるで、彼女を歓迎するみたいに。
「――いらっしゃい。何かお探しかしら?」
中から声がして、ヒメカはドキッとする。
透き通るように心地良い、女性の声だ。
「あっ、いやー、たまたま通りかかっただけで……」
慌てて店の中を覗くと、美しい瓶や植木鉢でいっぱいだった。
その奥から、軽やかな足音が聞こえてくる。
現れたのは……美しい女性だった。
月を思わせる、艶やかな銀髪。
雪のように真っ白な肌。
すらりと細い身体に、色気と儚さのある顔立ち。
そこにいるのにいないような、霞になってふわりと消えてしまいそうな、不思議な人物。
ヒメカは思う――爆美女だと。
その爆美女が、にこっと笑いながらヒメカに言う。
「その制服……ライゼント学院の生徒さんね?」
「へっ? あ、うん」
「あそこの生徒さん、よく来てくれるのよ。でも、あなたは初めてね」
なんて綺麗な笑顔だろうと、ヒメカは見惚れる。
女性がバイタリストを着けていたなら、間違いなく『キュン』と鳴っていただろう。
「あの……ここって何屋さんなの?」
「ん? そうねぇ……その人に必要なものが何でも手に入る屋さん、かしら?」
「へぇ。総合商社的な?」
「……なかなか難しい言葉を知っているのね」
ヒメカの意外な返しに、女性は苦笑する。
そして、「んんっ」と咳払いをし、仕切り直すように言う。
「それで……あなたは何をお探しなの?」
「ああ、新しいコスメでも買おっかなぁって思って。イメチェンとまではいかないケド、ちょっとでも可愛さ盛りたくて」
「……ふぅん」
さらりと髪を揺らしながら、女性がヒメカの顔を覗き込む。
花のように甘い香りが、ヒメカの鼻をくすぐる。
その距離感にドキドキしていると、女性は綺麗な顔をにんまりと歪めて、
「……恋のお悩みね」
「なぁっ?! ち、違っ……くもないというか……」
「距離を縮めたい相手がいるのでしょう? だから新しいコスメで可愛くなろうと考えたのね」
「すごっ……なんでわかるの?! そうなの! メガネ君ってばぜんぜんときめいてくんなくて! 男の子がメロメロになっちゃうアイテム、なんかない?!」
「もちろん、あるわよ。あなたにぴったりなアイテムが」
「まじ?! なになに?! 見たい見たい!!」
「――これよ」
そう言って、女性が胸元から出したのは、小さな瓶。
花や蔓が絡みついたような、美しいデザインをしている。
「わ、カワイイ! 何それ?」
「香水よ。恋には見た目も大事だけれど、匂いもとても重要なの。人間の感覚の中でも、嗅覚は海馬に繋がっているから」
「かいば?」
「脳にある、記憶を司る場所よ。感情や本能を操るところとも関わりがあるの。気になる人と近付きたいのなら、匂いで印象を残すのも手なのよ」
「なるほど……おねーさんが言うと説得力あんね。あっ、でも香水ってけっこう高いよね? あたし、そんな持ち合わせなくて……」
ヒメカが電子マネーの残高を思い出し慌てるが、女性は静かに首を振り、
「これは試供品だから、お代はいただかないわ。使ってみて良かったら、またお小遣いがある時にでも来てちょうだい」
「え、ほんとにいいの?」
「もちろん。次はぜひ、そのメガネ君と一緒に来てね」
女性は微笑みながら、香水瓶を差し出した。
その笑顔に胸を打たれながら、ヒメカは受け取る。
「ありがとう、おねーさん! あたし、がんばる!!」
「ふふ、応援してるわ。それから……もう一つアドバイス」
女性は、人差し指を唇に当て、
「『メガネ君』じゃなくて……ちゃんと名前で呼んであげて? きっと喜ぶから」
目を細めながら、そう言った。
ヒメカは再びドキッとしつつ、こくんと頷き、
「う……わ、わかった。やってみる!」
そうして女性に手を振り、その不思議な店を後にした。




