桜色のきみ
――はっきり言って、ライゼント学院高校は、頭がおかしい。
特に、愛神科……この春から僕が在籍することになる科は、異常だ。
他者から得たときめきを魔法の力に還元するという特性上、恋愛方面の校則が緩いことには頷けるが、デートやキスやその他諸々のテクを授業で扱ったり、男女の寮は自由に行き来できる上、泊まりまでオッケーだったりと、とにかく倫理感が終わっている。
確かに、愛神科に在籍する生徒とっては、他者をときめかせることこそがすべてだ。
だって、その精神エネルギーが自分の魔法の強さに直結するのだから。
でも、ときめきを得る方法は、きちんと考えなければならない。
でなければ、悪い大人たちに利用されかねないから。
(……ちょうど、今みたいにね)
第2ヨコハマ新都市。
海を臨む港街。ガラス張りの近代的なビルと、その上に連なる屋上緑地が美しい、ニッポン国の首都だ。
その屋上緑地の一画に今、僕はいる。
四月。今日の入学式に合わせたかのように、桜が満開だ。
春に霞む青空に、ハート型の花びらが舞い上がる。
それを仰いでから、僕は眼下に目を遣る。
ビルとビルの隙間……暗く狭い路地に、一人の男が立っていた。
理事長のツバキさん曰く、あれはライゼント学院の生徒を狙うナンパ男らしい。
この辺りの道は入り組んでいて迷いやすい。新入生の女子に道案内と称して声をかけ、関係を迫る輩が毎年現れるのだそうだ。
賢いやり方だとは思う。
愛神科の新入生は、優秀な魔術師――神律師になるため、少しでも多くのときめきを集めたいはず。
つまり、後腐れなくいい思いができるという点では、互いの利害が一致するのだ。
だが、そこから思わぬ事件に巻き込まれる可能性もある。
相手を見極める力が鍛えられていない新入生ならなおさら。
だから理事長のツバキさんは僕を遣わし、ナンパ男の魔の手から新入生を護るよう指示したのだ。
(……って、いちおう僕も新入生なんだけどな)
今のところ、この辺りに迷い込む新入生はおらず、ナンパ男の餌食になる者はまだいない。
このまま何事もなく登校時間を終え、入学式を迎えられればいいが……
……なんて考えた、その時。
「――っしゃ! 近道はっけん!!」
そんな元気な声が、ナンパ男のいる路地に響いた。
現れたのは、ライゼント学院の制服を着た女子生徒だ。
電動エアスケーター……モーター付きタイヤを内蔵したスニーカーを滑らせ、風のように駆けて来る。
激しく靡くピンク色のミディアムヘア。
左サイドに一箇所だけ、金色のメッシュが入っている。
よく見ると、制服が所々おかしい。
ブレザーにはゴテゴテしたボタンやバッジが散りばめられ、中のブラウスも裾を結んでヘソ出しスタイルにしている。
スカートも異様に短く、ダメージ加工されたり、柄の違う布が縫い付けられたりしている。
極め付けは、メイク。
バサバサのまつ毛に、猫を思わせるアッシュグレーのカラコン。艶々のリップ。
遠目でもわかるくらいにバッチリ決まっている。
……端的に言おう。ギャルだ。
まごうことなきギャルが、今まさに、ナンパ男の背後に迫っていた。
そして……僕は、そのギャルに見覚えがあった。
理事長から聞いていた、僕のバディになる女子生徒――ヒメカ・ヒメツカワだ。
ヒメカは入学式に急いでいるのか、エアスケーターで一心不乱に駆けている。
路地の暗さと、少しのカーブで先が見えなかったのだろう。ナンパ男の背中に気付いた時には、もう遅かった。
「……! やばっ!」
「へっ? うわ……っ!」
――ドンッ。
鈍い音を立て、ヒメカとナンパ男がぶつかる。
直前で急ブレーキをかけたのか、そこまで派手な衝突にはならなかったものの、二人とも地面に尻もちをついた。
「いったたたぁ……ごめーん、おにいさん! 大丈夫?」
謝りながら立ち上がり、手を差し出すヒメカ。
ナンパ男は痛そうな素振りを見せつつ、笑みを滲ませていた。
しめしめ。狙い通り、ライゼント学院の女子生徒……それも、道に慣れていない新入生が飛び込んで来た。
そんな表情だ。
「ああ、俺は大丈夫だ…………って?!」
しかし、ヒメカの顔を見た途端、ナンパ男の表情が一変した。
サーッと血の気が引き、小刻みに震えながら、
「ぎゃ、ぎゃぎゃぎゃ、ギャルッ……!」
再び、地面にへたり込んだ。
……まぁ、もっともな反応だとは思う。
その昔、ライゼント学院のギャルと言えば、男から手当たり次第にときめきを搾り取りまくる『制服を着た肉食獣』とまで呼ばれていたのだから。
しかしヒメカは、笑いながら手をパタパタ振り、
「ちょ、そんな反応されるとあたしがオバケみたいじゃーん。おにーさんおもしろーい」
「く、来るな……! 『貰魔力』搾り取られて、人生狂わされる……ッ!」
「そんなコトしないしぃ。それより、あたし道に迷ったっぽいんだよね。おにーさん、ライゼント学院まで連れてってくんない?」
なんて、狙っていたはずの展開が訪れるも、ナンパ男は完全にビビり倒していて、それどころではない。
「いやっ、来るな……! 誰か、助けて……!!」
などと言い出す始末。
これじゃあ、どちらが悪者なのかわかりはしない。
……仕方がない。
拗れる前に、場を収めるとしよう。
僕は、魔法――賜魔術と呼ばれる力を駆使し、植物の蔓を顕現する。
そして、それを屋上緑地の柵に巻き付けると、もう一端を掴み、路地へと飛び降りた。
シュルシュルとしなりながら、伸びゆく蔓。
その収縮をコントロールし、僕はナンパ男とヒメカの間に降り立った。
「――そこまでだ」
ヒメカに背を向け、顔を隠しながら、僕は言う。
彼女をはじめとする同級生に、まだ素顔を知られる訳にはいかない。
僕が復讐を誓う敵の勢力は、どこに潜んでいるかわからないから。
「お兄さん。このギャルは僕が引き留める。今のうちに逃げて」
「え……?」
「この辺りはギャルの縄張りだ。怖い目に遭いたくなかったら、もう来ない方がいいよ」
ヒメカを悪役にするのは申し訳ないが、このナンパ男を牽制するにはちょうど良い口実だった。
今どきギャルなんてほとんど絶滅危惧種だから、少し考えればバレそうな嘘だったけれど、ナンパ男は素直に頷いて、
「あ、ありがとう……恩に着るよ!」
そう言って、逃げるようにその場を去った。
これでもうナンパ目的の待ち伏せはしないだろう。
さて。図らずもヒメカを悪役に見立ててしまったわけだけれど。
振り返る訳にもいかないため、いま彼女がどんな顔をしているのかは確認できない。
ちょっと! ヒトをバケモノみたいに扱うなんて、ヒドくない?!
そんな罵声を浴びせられることを予想していたのだが……
ヒメカは、僕の方に一歩近づき、
「わぁ……今のって賜魔術だよね?! やばーっ! しかも、あたしと同じ愛神科の力? ねね、先パイ何年生?」
なんて、興奮気味に尋ねてきた。
どうやら、自分が悪者にされたことよりも、僕が使った魔法の方に気を取られているらしい。
しかも、勝手に僕を上級生だと思い込んでいる様子。何から何まで好都合だ。
僕は背を向けたまま、路地の向こうを指さし、
「……ライゼント学院はあっちだよ。入学式に遅れたくなかったら、急いだ方がいい」
「はっ。そうだった! ありがと、先パイ!」
ヒメカが答えるのを聞き届けると、僕は再び蔓を顕現し、壁を蹴りながら屋上緑地へと駆け上がった。
想定とはだいぶ違う展開になったけれど、とりあえず任務完了だ。僕もそろそろ、入学式へ向かうとしよう。
……と、屋上緑地に舞い戻った、瞬間。
――『キュン』
僕の左手首にあるデバイス――バイタリストが、電子音を鳴らした。
これは、『貰魔力』と呼ばれる精神エネルギーがチャージされた音。
つまり……今この瞬間、誰かが僕にときめいたのだ。
と言っても、タイミング的に心当たりは一人だけだけれど。
僕は、桜の陰から真下の路地をそっと見下ろす。
すると、胸に手を当てたヒメカが、僕の行方を追うようにこちらを見上げていた。
その姿に、僕は目を細める。
(……ギャルのくせに、こんな簡単にときめくなんて。先が思いやられるなぁ)
そう思う一方で、彼女が羨ましくもあった。
だって、僕はもう……
誰かにときめくことなんて、一生ないから。
「………………」
ビル風に舞い上がる桜と、揺れるピンクの髪。
それをもう一度だけ目に映すと、僕は眼鏡をかけ……
高台に聳えるライゼント学院へと急いだ。
ということで、新連載スタートです。
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