Scene6「監察局残党蜂起」
オルビス・ハーモニア――中央霊脈管制層。
世界観光協会設立準備会議が、最終調整段階に入っていた。
巨大な霊脈統合投影盤には、世界を繋ぐ光の網が広がっている。
その光はまだ完全ではない。
だが確実に、文明を結ぼうとしていた。
「文化交流航路の拡張案は承認されました」
技術局代表が報告する。
「統合第一段階、三日後に実行予定です」
議場に静かな拍手が広がる。
リリアナは深く息を吐いた。
(……ここまで来た)
その時だった。
エルナが、突然表情を強張らせた。
「……リリアナ」
彼女の声が、かすかに震える。
「霊脈……揺れてる」
投影盤の光が、一瞬だけ歪む。
だが誰も気づかないほど、わずかな乱れだった。
ザハルが警戒の目を細める。
「事故か?」
エルナは首を横に振る。
「違う」
彼女は、低く呟いた。
「……意図的」
同時刻。
オルビス地下層――旧監察局補助管制区画。
既に封鎖されたはずの施設。
だが、その内部では淡い灯りが動いていた。
「霊脈副制御ライン接続完了」
黒装束の技術員が報告する。
中央に立つ男が、ゆっくり頷いた。
灰色の長衣。
監察局特務紋章――破棄されたはずの徽章が胸に残っている。
「世界は、また愚かな選択をした」
その声は静かだった。
「文化を自由に流せば、文明は必ず崩壊する」
彼の背後には、複数の霊脈制御端末が並んでいる。
それらは、正規管制網とは別系統。
――古代補助ネットワーク。
「統合霊脈網は、文明を一つにする」
男は端末を見つめる。
「だからこそ、破壊しなければならない」
部下が低く尋ねる。
「目的は確認済みですか」
「当然だ」
男は答えた。
「文明分断の維持」
「国家の独立性維持」
「文化衝突の抑制」
そして、静かに付け加える。
「統制された世界秩序の再建」
彼は端末に手をかざす。
「統合霊脈網を崩壊させる」
数時間後。
世界各地。
異変は、ほぼ同時に発生した。
砂漠国家キャラヴァーン。
転移交易港が、突如停止する。
「霊脈反応が不安定!」
「転移座標が固定できない!」
天空都市ラピュル。
空域交通制御結界が一瞬だけ乱れ、飛行艇が強制減速する。
「航路同期が崩れてる!」
街道連合フォルド宿場圏。
霊脈灯が、連続して消灯する。
そして――
オルビス中央管制層。
「世界霊脈流量に異常発生!」
管制室が騒然となる。
「副制御回線が勝手に起動しています!」
技術官が叫ぶ。
「これは……正規アクセスじゃない!」
投影盤の光が、激しく乱れる。
世界を結ぶ航路が、次々と点滅し始める。
「統合前にネットワークが崩壊します!」
議場に恐怖が広がる。
リリアナは、すぐに理解した。
「監察局……」
ザハルが頷く。
「残党だな」
フィオが歯を食いしばる。
「空域事故が連鎖する……!」
エルナは、霊脈投影を凝視していた。
瞳の奥に、流動する光が映る。
「……流れが切断されてる」
彼女の声が震える。
「誰かが……流れを分断してる」
リリアナは拳を握る。
「文明を、止めようとしている」
その時。
中央管制盤に、突如通信が割り込んだ。
映像が浮かび上がる。
地下管制区画。
灰衣の男が静かに立っていた。
「世界代表諸君」
冷静な声が響く。
「我々は、監察局秩序維持派である」
議場が凍り付く。
「統合霊脈計画は、文明を無秩序化する危険思想だ」
男は続ける。
「文化が自由に流れれば、国家境界は崩壊する」
「価値体系は混乱する」
「文明衝突は激化する」
彼の視線が、まっすぐリリアナを射抜く。
「旅人よ」
低く告げる。
「君は、世界を混乱へ導いている」
リリアナは、一歩前に出る。
「文化を止める方が」
彼女は静かに言う。
「文明を壊します」
男は、わずかに笑った。
「だからこそ」
彼は端末を操作する。
「我々は、霊脈統合核を破壊する」
議場に悲鳴が上がる。
「それが、世界を守る唯一の方法だ」
その瞬間。
投影盤中央に警告表示が浮かぶ。
《統合霊脈中枢接続異常》
《連鎖停止予測――世界交通全面停止》
技術官が叫ぶ。
「霊脈流が崩壊したら!」
「世界の交通が完全停止します!」
「地方都市は孤立!」
「物流断絶!」
「国家間通信遮断!」
沈黙。
それは、文明そのものの停止を意味していた。
エルナが、ゆっくりと呟く。
「……このままだと」
彼女は震える手で胸を押さえる。
「世界の流れが……止まる」
リリアナは、強く言った。
「止めさせない」
彼女は投影盤を見上げる。
「文明は――」
静かに続ける。
「動いている限り、生きているから」
ザハルが剣を握る。
フィオが翼装具を装着する。
管制室の警報が鳴り響く。
世界を繋ぐ霊脈の光が、次々と揺らぎ始めていた。




