Scene4「地方文化代表の反発」
世界円環会議場。
霊脈統合計画の議論は、もはや技術論ではなかった。
それは――文明の未来そのものを巡る論争になっていた。
「我々は、統合計画に正式反対を表明する」
低く、しかし揺るぎない声が議場に響いた。
地方国家連盟代表団。
砂漠国家。山岳国家。森林自治圏。島嶼文化圏。
中央文明から離れた地域が結集した勢力だった。
議場がざわめく。
「理由を説明願う」
統合準備局長が促す。
地方連盟代表は一歩前へ出た。
「霊脈統合は」
彼は静かに言う。
「文化侵略になり得る」
その言葉に、空気が凍りついた。
統合推進派から即座に反論が飛ぶ。
「侵略だと?」
「統合は交流促進だ!」
「文明衰退を防ぐ計画だ!」
地方代表は首を振る。
「交流と侵略の違いは――」
彼は議場全体を見渡した。
「選択権が残されているかどうかだ」
ざわめきが広がる。
「統合霊脈は、物流と観光の主幹路になる」
「つまり」
「霊脈から外れた文化は、生き残れなくなる」
重い沈黙が落ちる。
その時だった。
「代表発言者を交代します」
地方連盟席から、ひとりの少女が歩み出た。
議場がざわめく。
小柄な体格。
質素な民族衣装。
だが、その歩みはまっすぐだった。
リリアナが息を呑む。
「……ミルカ」
農業都市グラナ平域で出会った少女。
霊脈供給制限で故郷が崩壊しかけたあの少女が――
今、世界代表の場に立っていた。
ミルカは壇上へ上がる。
一度だけ深呼吸する。
それから、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「私は」
「地方文化共同代表、ミルカ・グラナです」
声は震えていなかった。
「私は、霊脈統合に反対します」
議場の視線が集中する。
「理由は簡単です」
ミルカはまっすぐ前を見た。
「私たちは、消えるのが怖いからです」
ざわめきが広がる。
彼女は続けた。
「私の故郷には、小さな収穫祭があります」
「霊脈流量に合わせて作物を植え、収穫し、歌を歌う祭りです」
議場に、静かな映像投影が浮かび上がる。
黄金色の畑。
古い歌。
素朴な踊り。
「霊脈供給が止まったとき」
ミルカの声がわずかに揺れた。
「祭りは消えました」
誰も言葉を挟まない。
「作物が育たないからじゃありません」
彼女は静かに言った。
「人が集まらなくなったからです」
議場の空気が重くなる。
「統合霊脈は便利です」
「安全です」
「豊かになります」
彼女はうつむかない。
「でも」
その声がわずかに震える。
「便利な道ができると」
「人は、遠回りしなくなります」
リリアナの胸が強く締め付けられる。
「遠回りの途中にあった文化は」
ミルカは静かに続けた。
「見られなくなります」
議場の後方で、誰かが小さく息を呑む。
「観光は文化を救うって」
彼女はリリアナを見た。
「リリアナさんは言いました」
視線がぶつかる。
責める視線ではなかった。
それが、逆に痛かった。
「私も信じたいです」
ミルカは言った。
「でも」
彼女は小さく拳を握る。
「もし観光が、大きな文化だけを選ぶ仕組みになったら」
その声は、ほとんど祈りだった。
「小さな文化は、どうやって生きればいいんですか」
沈黙。
完全な沈黙。
地方連盟代表が静かに補足する。
「統合は流れを強める」
「強い流れは中心を作る」
「中心は、周辺を飲み込む」
自然同盟代表が頷く。
天空連盟代表も、無言のまま視線を伏せる。
リリアナは、言葉を失っていた。
彼女は知っている。
ミルカの言葉は、感情論ではない。
統計でも、歴史でも証明されている現象だった。
エルナが、そっと呟く。
「……文化流量格差」
ザハルが低く言う。
「文明は、いつもそれを生んできた」
壇上で、ミルカが最後の言葉を紡ぐ。
「私は」
彼女は深く息を吸う。
「統合に反対したいわけじゃありません」
議場がわずかにざわめく。
「私は」
彼女の声が震えた。
「消えない方法を知りたいだけです」
静寂。
それは、論争より重い沈黙だった。
リリアナはゆっくり立ち上がる。
だが、すぐには言葉が出ない。
彼女はミルカを見る。
かつて、霊路再開で涙を流した少女。
文化が戻ったと喜んだ少女。
その少女が今――
文化が消える未来を恐れている。
リリアナは、ようやく口を開く。
「……ミルカ」
その声は、いつもより静かだった。
「あなたの恐怖は、正しい」
議場が小さく揺れる。
「統合は、文化を救う可能性があります」
「でも同時に」
彼女ははっきり言った。
「文化を消す危険もあります」
準備局長が眉をひそめる。
だが、リリアナは続けた。
「だから」
彼女はゆっくりと言う。
「私は、統合を止めるためにここにいるんじゃありません」
議場が静まり返る。
「文化が消えない統合を作るために、ここにいます」
ミルカの瞳が大きく揺れた。
霊脈投影が静かに輝く。
世界統合計画。
それは、希望か。
それとも、文明最大の淘汰装置か。
その答えは――
まだ、誰にもわからなかった。




