Scene11「外交崩壊危機」
リベル・サーキット――中央文化広場。
祝祭のために造られた広場は、本来ならば各国音楽と香りが交差する場所だった。
だが今。
空気は、張り詰めていた。
◇
「――天空連盟、観光通行条約交渉を一時停止する」
拡声魔導装置が、硬い声明を響かせる。
その直後。
「自然同盟も同様に、文化交流パビリオンの公開を停止する」
別の声明が重なる。
そして。
「霊脈国家連合は、安全保障上の理由により、観光転移ルートを制限する」
◇
連鎖的に、宣言が続いた。
広場に設置された各国旗が、次々と半旗へ切り替わる。
観光都市――リベルの心臓が、凍りついた。
◇
「……まずいですね」
リリアナが呟いた。
中央広場を見下ろす回廊から、都市全体が見える。
文化パビリオンの扉が、順番に閉じられていく。
音楽が止まる。
香辛料屋台が撤収される。
民族行列が解散する。
観光都市の色彩が、急速に失われていった。
◇
「観光都市が……機能停止しています」
エルナが、不安そうに言う。
ザハルは腕を組んだまま、低く唸った。
「外交崩壊は、軍事衝突の前段階だ」
「そこまで……?」
「歴史的に見れば、珍しくない」
◇
そのとき――
下の広場から怒号が響いた。
「返金しろ!」
「契約はどうなる!」
「帰国転移が止まってるぞ!」
◇
観光客の群れが、管理局窓口へ押し寄せていた。
魔導警備兵が隊列を組み、必死に抑え込んでいる。
中には泣き出す子供もいる。
文化体験用の屋台が、混乱の中で倒れた。
◇
リリアナは、唇を噛む。
「文化交流が止まると……」
「人の移動が止まる」
ザハルが続けた。
「人の移動が止まると、恐怖が増える」
◇
その瞬間。
空から、爆音が響いた。
全員が見上げる。
◇
数機の高速飛行艇が、空域制限ラインぎりぎりを滑空していた。
「……違法飛行?」
リリアナが呟く。
「いや」
ザハルは目を細めた。
「抗議飛行だ」
◇
先頭艇が、回転機動を描く。
機体側面に描かれた紋章――
自由飛行連盟。
◇
通信拡声が、空へ響いた。
『空を閉じるな!』
『文化は自由であるべきだ!』
観光客たちがざわめく。
◇
「……来ましたね」
リリアナが小さく言う。
そのとき。
背後から、軽い声が響いた。
「ま、こんな展開になると思ってたけどね」
◇
フィオだった。
飛行装備を肩に担ぎ、いつもの無鉄砲な笑みを浮かべている。
「自由文化代表として、抗議声明を出してきた」
「単独でですか?」
「仲間は空で騒いでる」
彼女は広場を見下ろした。
笑みが、少しだけ消える。
「……でも、これじゃ足りない」
◇
フィオはリリアナを見る。
「文化は自由。でも、混乱は違う」
珍しく、真剣な声だった。
◇
一方――
ザハルは既に動いていた。
腰の通信石を起動する。
「こちらザハル。砂商連合護衛網を使用する」
『久しぶりだな』
低い声が返る。
「都市混乱が始まる。民間動線確保を優先しろ」
『外交案件だぞ?』
「民間が崩れれば、外交も崩れる」
一瞬の沈黙。
『……了解した』
◇
ザハルは次々と指示を飛ばす。
「避難導線を文化区画別に分割しろ」
「観光客は母国語案内に振り分けろ」
「食料と水の供給線を確保」
完全に、実務外交モードだった。
◇
フィオが感心したように言う。
「戦争回避マニュアルみたいだね」
「砂漠では日常だ」
◇
その頃、広場では混乱がさらに拡大していた。
閉鎖されたパビリオン前で、各国観光客が言い争っている。
「お前の国が閉鎖したからだ!」
「そっちが先に条約停止しただろ!」
怒号が飛び交う。
◇
フィオが、空を見上げた。
「……よし」
「何を?」
「空を使う」
◇
彼女は飛行装備を装着した。
「自由文化は、言葉だけじゃ伝わらない」
翼が展開する。
「見せる文化もある」
◇
フィオが、空へ飛び上がる。
自由飛行連盟の艇群の中央へ合流する。
そして。
空中で、隊列が整う。
◇
次の瞬間。
飛行艇が、巨大な紋様を描いた。
各国文化紋章を組み合わせた――交流象徴図。
◇
広場から、どよめきが起こる。
「……文化連合紋?」
誰かが呟いた。
◇
空から、フィオの声が響く。
『空は誰か一国のものじゃない!』
『文化は交わるためにある!』
◇
広場の怒号が、わずかに静まる。
その隙を逃さず――
ザハルの指示網が動く。
避難誘導。
観光再集合区画設置。
通訳配置。
混乱が、少しずつ整流されていく。
◇
リリアナは、その光景を見つめていた。
「……文化は理論だけでは守れない」
エルナが、小さく頷く。
「うん。人が動いて、初めて流れる」
◇
だが――
そのとき。
都市全体に、警報が鳴り響いた。
『霊脈交通網、緊急遮断プロトコル発動』
◇
リリアナの瞳が揺れる。
「……まさか」
エルナが震える声で言う。
「流れが……完全に閉じられる」
◇
空に描かれた文化紋様の下で。
観光都市リベルは――
文明外交最大の崩壊危機へ、踏み込もうとしていた。




