Scene10「黒幕構造露出」
万国観光都市リベル――世界円卓会議場。
巨大な半球型の議場には、各国代表の席が幾重にも並び、文化旗が静かに揺れていた。
だが、今日の空気は祝祭ではない。
対立と警戒が、重く沈んでいた。
◇
「――それでは、議題を再開します」
低く澄んだ声が響く。
監察局特務官カルディオン。
長身の男は、中央演壇に立っていた。
灰色の法衣。
感情を削ぎ落したような無機質な表情。
「観光標準化法案について、最終説明を行います」
空中投影に、世界地図が浮かび上がった。
◇
「現在、国家間観光は無秩序です」
カルディオンは淡々と続ける。
「文化衝突、観光事故、外交摩擦」
映像が次々に切り替わる。
文化抗議運動。
観光ルート過密化。
事故報告統計。
「これらはすべて――」
彼は手を広げた。
「統制なき文化交流が生んだ結果です」
◇
代表席のざわめきが広がる。
カルディオンは一切気にせず、説明を続けた。
「監察局は、新たな文明安定モデルを提案します」
投影図が変わる。
国家文化ランキング。
格付けによる観光推奨ルート。
霊脈交通優先割当図。
「文化評価に基づき、観光流動を制御する」
静かな声で結論を告げた。
「それにより、世界観光秩序を確立します」
◇
数名の代表が頷く。
特に霊脈国家席からは、賛同の気配が見えた。
そのとき――
「質問、よろしいですか」
穏やかな声が響いた。
◇
リリアナが立ち上がっていた。
議場の視線が、一斉に集まる。
カルディオンが、ゆっくりと視線を向ける。
「観光研究者リリアナ殿。どうぞ」
◇
彼女は一歩、中央へ進み出た。
手には旅記録帳。
「監察局の制度設計は、非常に合理的です」
まず肯定から入る。
「観光事故は減少するでしょう。外交摩擦も抑制できます」
議場の緊張がわずかに緩む。
しかし――
「ですが」
彼女は静かに続けた。
「その制度は、“文化”を評価していません」
◇
カルディオンの眉が、ほんの僅かに動いた。
「説明を求めます」
「はい」
リリアナは手帳を開いた。
空中に解析データが展開される。
観光交通ログ。
格付け変動グラフ。
霊脈優先割当図。
◇
「この三つを統合すると――」
彼女は図を重ねる。
色が変わる。
流れが浮かび上がる。
「格付け上位国家ほど、霊脈交通優先権が与えられています」
議場がざわめく。
「そして交通優先権は」
指を動かす。
「観光流入量を決定します」
◇
沈黙。
カルディオンは無表情のまま言った。
「それは当然の資源配分です」
「ええ」
リリアナは頷いた。
「ですが、その結果――」
別の図を開く。
観光衰退国家一覧。
「格付け下位国家では、文化交流が激減しています」
さらに資料が表示される。
「文化祭消滅記録」
「伝統技能継承断絶報告」
◇
議場の空気が、変わる。
カルディオンが、ゆっくり口を開いた。
「文化は淘汰されます」
冷静な声だった。
「文明とは選別です」
◇
彼は一歩前へ出る。
「文化は統制されるほど安定する」
議場に静寂が落ちる。
「無制御な文化交流は衝突を生みます。争いを生みます」
淡々と続ける。
「ランキング制度は、文化を守るための防波堤です」
◇
リリアナは、その言葉を静かに聞いていた。
そして――
ゆっくりと、視線を上げる。
「違います」
◇
その一言が、議場の空気を切り裂いた。
「文化は、防波堤では守れません」
彼女は歩み出る。
「文化は――流れです」
◇
空中に、別の図が浮かぶ。
古代交易路。
巡礼路。
移民航路。
「歴史上、文化は必ず“移動”と共に発展しました」
代表席が息を呑む。
「交流が止まった文化は――」
一瞬、言葉を選び。
「記録には残ります。でも、生き残りません」
◇
カルディオンの視線が鋭くなる。
「理想論です」
「研究結果です」
リリアナは即答した。
◇
「観光とは娯楽ではありません」
彼女は続ける。
「文明の循環装置です」
議場の中央を見渡す。
「ランキングによる交通支配は――」
静かに告げる。
「文化流動を固定します」
◇
そのとき――
エルナが、観客席から小さく呟いた。
「……流れが、止まる」
誰にも聞こえないほど小さい声だった。
だが、リリアナには届いていた。
◇
彼女は深く息を吸う。
そして、真っ直ぐカルディオンを見る。
「文化は――」
一拍。
「流れるほど、生きるんです」
◇
議場が、完全に沈黙した。
外交官たち。
研究者たち。
国家代表。
誰も言葉を発せない。
◇
カルディオンは、しばらく黙っていた。
やがて――
「……興味深い理論です」
淡々とそう言った。
しかしその瞳には、微かな警戒が宿っていた。
「ですが、文明は理想だけでは維持できません」
「ええ」
リリアナは穏やかに頷く。
「だからこそ、統制ではなく――」
旅記録帳を閉じる。
「循環設計が必要なんです」
◇
議場の上空。
世界地図が静かに回転していた。
その光の下で――
文明の未来を巡る対立が、ついに表面へと浮かび上がった。




