Scene9「調査パート」
リベル・サーキット、外交代表宿舎――深夜。
都市の外では、まだ各国の音楽や香辛料の匂いが漂っていたが、室内は静まり返っていた。
その静寂の中心に、リリアナはいた。
机いっぱいに広げられた資料。
解析用の魔導投影板。
書き込みで膨らんだ旅記録帳。
灯りは柔らかいが、空気は張り詰めている。
◇
「……これが、観光交通ログ」
リリアナは淡々と呟き、投影板に指を走らせた。
各国家間の転移経路。
利用回数。
到達時間。
優先処理記録。
無数の光線が都市と都市を繋ぎ、世界地図を立体的に彩っている。
フィオが背後から覗き込む。
「綺麗だな……」
「ええ。文明の血流です」
リリアナは頷きながら、さらに表示を拡張した。
「ですが――血流には、必ず循環偏重が生まれます」
ザハルが腕を組む。
「軍の補給線でも同じだ。集中しすぎれば、他が枯れる」
「その通りです」
◇
リリアナは、次の資料を重ねた。
国家観光格付け資料。
ランキング表が、淡く浮かび上がる。
Sランク国家
Aランク国家
Bランク国家
Cランク国家
文化公開度。
観光安全性。
受け入れ設備水準。
それらが数値として整然と並んでいた。
フィオが苦笑する。
「文化に点数をつけるって、どうも落ち着かないな」
「評価は文化研究でも用います」
リリアナは静かに言った。
「問題は、評価が何に使われているかです」
◇
さらに彼女は、第三の資料を呼び出した。
霊脈利用制限記録。
国家ごとの霊脈出力割当。
転移優先順位。
利用時間帯制御。
ザハルが眉をひそめる。
「これは……国家インフラ管理記録だな」
「ええ」
リリアナは、三つの資料を同時表示させた。
◇
空中に三層のデータが重なる。
観光格付け推移。
霊脈交通優先度。
観光客流入量。
しばらく、誰も声を出さなかった。
やがてフィオが呟く。
「……線が、重なってる」
リリアナは、ゆっくり頷いた。
「格付けが上昇した国家ほど――」
指先でグラフをなぞる。
「霊脈転移の待機時間が短縮されています」
さらに別の都市を指し示す。
「逆に、格付けが下がった国家は」
数値が静かに沈む。
「転移処理が遅延しています」
◇
ザハルが低く言う。
「偶然ではないな」
「統計上、誤差範囲を超えています」
リリアナは淡々と答えた。
「さらに――」
彼女は観光流入量グラフを拡大する。
「霊脈交通優先度が上がった国家ほど、観光客流入が急増しています」
フィオが肩をすくめる。
「当たり前だ。早く安全に行ける場所を選ぶ」
「はい」
リリアナは、静かに続けた。
「つまり観光客は、自覚なく誘導されているのです」
◇
沈黙。
資料の光だけが、部屋を照らしている。
そのとき――
エルナが、ぽつりと呟いた。
「……流れが、細くなってる」
全員が彼女を見る。
エルナは霊脈利用図を見つめていた。
指先で、いくつかの分岐を辿る。
「ここ……昔は、もっと流れてた」
リリアナが静かに問う。
「分かるの?」
「うん……音が違う」
エルナは目を閉じる。
「無理に絞られてる感じがする」
◇
その言葉に、リリアナは小さく息を吐いた。
「やはり――」
彼女は三層データを統合表示させる。
世界地図上に、格付けと霊脈交通優先ルートが鮮明に浮かび上がる。
ザハルが言った。
「つまり、こういうことか」
低い声で、結論を口にする。
「観光格付けは――交通支配の基準だ」
「はい」
リリアナは頷いた。
「格付けは文化評価制度ではありません」
一拍置き、静かに告げる。
「霊脈交通優先権を決める指標です」
◇
フィオが天井を仰いだ。
「……それ、かなり危険じゃないか?」
「危険です」
リリアナは即答した。
「交通は文明の循環装置です」
窓の外の光を見つめる。
「それを格付けで制御すれば――」
ゆっくりと視線を戻す。
「文化そのものの存続を操作できます」
◇
部屋に、重い静寂が落ちる。
やがてリリアナは、旅記録帳を開いた。
さらさらとペンを走らせる。
フィオが苦笑する。
「またレビューか?」
「記録です」
彼女は、小声で読み上げた。
「制度観光評価――」
少し考え、
「文化流動性、著しく低下」
そして、ほんの少しだけ微笑む。
「……星、二つ」
ザハルが深く息を吐いた。
「まだ二つ残してやるのか」
「完全閉鎖ではありませんから」
◇
リリアナはペンを止め、資料を見渡した。
その瞳には、確かな決意が宿っている。
「次は――」
静かに言う。
「誰が、この流れを設計したのかを調べます」
外交都市の灯りは、変わらず輝いていた。
だがその下で――
文明の流れは、静かに書き換えられようとしていた。




