Scene8「エルナの感応」
リベル・サーキット滞在、七日目。
都市は、表面上――いつも通りの華やかさを保っていた。
各国パビリオンは灯りをともしている。
音楽も、舞踏も、交渉の笑顔も。
だが。
リリアナは、違和感を拭えずにいた。
◇
夜の文化回廊。
リリアナ、ザハル、フィオ、そしてエルナは、パビリオン区を歩いていた。
人通りは多い。
だが、その流れはどこかぎこちない。
観光客の移動が、妙に偏っている。
リリアナが立ち止まり、周囲を見渡す。
「……流れが単調です」
ザハルが眉をひそめる。
「観光客の動線か?」
「はい。通常なら、興味や偶然で分散するはずです」
フィオが軽く口笛を吹く。
「空域の交通誘導みたいだな」
その瞬間だった。
隣を歩いていたエルナが、ふらりとよろめいた。
「エルナ?」
リリアナが慌てて支える。
エルナの手は、ひどく冷たかった。
「……下」
小さな声。
「え?」
「この都市……下が……変」
エルナは、地面を見つめていた。
◇
案内を頼りに、彼女たちは都市管理区へ向かった。
地下霊脈整備区域。
本来は一般公開されていない施設だが、リリアナは外交代表資格を利用して、最低限の調査許可を得ていた。
重厚な霊石扉が開く。
内部は――
静かな光に満ちていた。
巨大な霊脈導管が、地下空間を縦横に走っている。
青白い魔力流が、ゆっくりと脈動していた。
その光は、美しく、そしてどこか機械的だった。
フィオが低く呟く。
「空の航路管理より、ずっと精密だ」
ザハルは周囲を警戒しながら歩く。
「国家級インフラだ。当然だろう」
しかし。
エルナは、足を止めた。
「……苦しい」
胸を押さえ、呼吸が浅くなる。
「エルナ、無理しないで」
リリアナが肩を支える。
エルナは、ゆっくりと霊脈導管へ近づいた。
その瞳が――淡く光り始める。
◇
「……聞こえる」
エルナが囁いた。
導管内部の光が、わずかに揺れる。
「流れの……声」
沈黙。
リリアナは、言葉を挟まなかった。
エルナの感応は、いつも重要な兆候を示してきた。
やがて、エルナはゆっくり首を振る。
「自然じゃない」
「どういう意味ですか?」
リリアナが静かに問う。
エルナは、霊脈導管を指先でなぞった。
「本来の霊脈は……」
言葉を探すように目を閉じる。
「流れ続ける水みたいなもの」
「はい」
「でも、ここは……」
指が震える。
「ところどころ……堰き止められてる」
ザハルが鋭く反応する。
「人工制御か?」
エルナはゆっくり頷く。
「制御……というより」
彼女の表情が、痛みに歪む。
「選別」
◇
リリアナの瞳が、わずかに見開かれる。
「選別……?」
エルナは、導管の分岐点を指差した。
そこには、小型の制御装置が複数設置されていた。
規則正しい配置。
だが、よく見ると――
分岐ごとに、出力調整値が異なっている。
リリアナは、すぐに携帯解析板を展開した。
霊脈流量ログを読み取る。
数秒後。
彼女の表情が、静かに硬くなる。
「……やはり」
フィオが覗き込む。
「何が見えた?」
「霊脈流量が、文化交流ルートと連動しています」
「は?」
ザハルが眉を寄せる。
リリアナは、ログ投影を広げた。
観光動線データ。
文化パビリオン来訪率。
そして――
霊脈交通優先経路。
それらが、重なって表示される。
結果は明確だった。
人気文化圏へ繋がる霊脈交通は――
流量増強。
小国文化圏へ向かうルートは――
微妙に遅延が発生している。
「まさか……」
フィオが呟く。
「観光ルートそのものを操作してるのか」
リリアナは、静かに頷いた。
「完全遮断ではありません」
「だが?」
「到達時間を遅らせ、利便性を下げています」
ザハルが低く吐き捨てる。
「利用者は自然に避ける」
「はい」
◇
そのとき。
エルナが、突然膝をついた。
「エルナ!」
リリアナが駆け寄る。
エルナは、必死に呼吸を整えながら言った。
「文化の流れ……」
涙が一筋、頬を伝う。
「止められてる」
地下霊脈導管の光が、微かに明滅する。
「本当は……もっと自由に……」
彼女の声は、かすれていた。
「人と文化が、行き来する流れなのに」
静寂。
地下空間に、霊脈の脈動だけが響く。
◇
リリアナは、ゆっくり立ち上がった。
視線は、制御装置群へ向けられている。
「……これは」
小さく呟く。
「単なる交通管理ではありません」
解析板を閉じる。
「文化流動の設計です」
フィオが腕を組む。
「誰がそんなことを?」
答えは、すでに浮かんでいた。
ザハルが低く言う。
「監察局か」
リリアナは、すぐには答えなかった。
だが。
カルディオンの言葉が、脳裏に蘇る。
――文化は管理しなければ争いを生む。
彼女は、静かに息を吐いた。
「……可能性は高いです」
◇
地下施設を出たとき。
夜風が、ひどく冷たく感じられた。
都市の灯りは、相変わらず美しい。
しかし。
リリアナには、その光がどこか作為的に見えた。
エルナが、弱々しく呟く。
「流れ……固くなってる」
リリアナは、彼女の手を握った。
「大丈夫です」
優しく、しかし確信を込めて。
「流れは、本来止められるものではありません」
都市を見上げる。
観光外交都市。
文化が交差するはずの場所。
だが今、その中心で――
見えない堰が築かれ始めていた。
リリアナは、静かに言った。
「これは、観光政策の問題ではありません」
一拍。
「文明設計の問題です」
その言葉は、夜空に溶けていった。
そして――
監察局という巨大な影が、確実に輪郭を持ち始めていた。




