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悪役令嬢リリアナ断罪されたので旅に出ます 『悪役令嬢観光録』 ―文化を巡り、文明を繋ぐ旅―  作者: 南蛇井


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Scene3「観光協定草案」

 世界円卓会議場の議論は、一度の休会を挟み、再び再開された。


 各国代表の前に、新たな資料が配布される。


 同時に、会議場中央の空間投影装置が淡く輝いた。


 議長が静かに告げる。


「――続いて、新制度草案の提示を行います」


 その言葉と同時に。


 観覧席の一角から、黒衣の集団が整然と歩み出た。


 監察局。


 統一された黒の礼装。無駄のない動き。感情を削ぎ落としたような表情。


 先頭に立つのは、長身の男性監察官だった。


 穏やかな微笑を浮かべながら、壇上へ進み出る。


「監察局代表、ルグレスです」


 彼は軽く一礼し、ゆっくりと手を上げた。


 瞬間。


 巨大な法案資料が空間へ展開される。


 そのタイトルが、円卓全体に映し出された。


 ――世界観光標準化法案


 会場がわずかにざわめく。


 ルグレスは静かに説明を始めた。


「近年、観光は国家間交流の主軸となりました。しかし同時に、文化摩擦・安全問題・経済格差を拡大させています」


 空間投影が次のページへ移る。


「よって我々は、世界統一基準を提案します」


 最初に提示された制度。


 観光文化ランク制度


 各国文化を数値評価し、危険度・保存度・公開度を総合分析する。


 さらに。


 国家観光格付け制度


 安全性。

 文化体験密度。

 インフラ安定度。


 それらを総合指数として数値化し、国際ランキングを作成する。


 最後に。


 文化公開義務化制度


 一定ランク以上の国家は、指定文化資源の観光公開を義務付けられる。


 資料が静かに回転する。


 美しく整理された法案だった。


 合理的で、論理的で、整然としている。


 それゆえに――


 会議場の空気が、奇妙に冷えていった。


 天空連盟代表が眉をひそめる。


「文化にランクを付ける?」


 自然同盟代表は沈黙したまま、資料を見つめている。


 霊脈国家代表は興味深そうに数値評価表を読み込んでいた。


 ルグレスは続ける。


「標準化は争いを減らします」


 声は穏やかだった。


「共通評価基準があれば、観光政策は透明化され、国家間対立も減少します」


 完璧に整った理論。


 だが――どこか、息苦しい。


 観覧席の後方で。


 リリアナは静かに資料を見つめていた。


 ページをめくる。


 文化遺産評価指数。

 民族儀礼公開基準。

 観光収益適合率。


 すべてが数字として並んでいる。


 彼女は無意識に手帳を開き、書き込んだ。


(文化……管理モデル)


 ペン先が止まる。


(でも……)


 胸の奥に、小さな違和感が残った。


 ザハルが腕を組みながら低く呟く。


「便利な制度だな」


「はい」


 リリアナは頷く。


「でも――」


 言葉を探しながら、資料を見つめる。


「文化が……少しだけ、硬く感じます」


 そのときだった。


 隣に立っていたエルナが、小さく息を呑む。


 彼女は会議場中央を見つめていた。


 空間投影に浮かぶランキング表。


 そこから、視線を離さない。


「エルナ?」


 リリアナが声をかける。


 エルナはゆっくりと呟いた。


「……流れ」


「流れ?」


「うん……」


 彼女は胸元を押さえる。


「文化の流れ……固められてる感じがする」


 その声は、とても小さかった。


 しかし、どこか確信めいていた。


 リリアナは、はっと資料へ視線を戻す。


 ランキング表。


 評価基準。


 公開義務項目。


 すべてが合理的だ。


 だが――


 文化を“固定資産”のように扱っている。


 彼女の脳裏に、旅の記憶がよぎる。


 街道宿の掲示板。

 砂漠の水契約。

 天空都市の違法レース文化。


 どれも、数字では測れない。


(文化って……)


 彼女は静かに思う。


(流れて、変わって、混ざっていくもの)


 会議場中央では、すでに議論が始まりかけていた。


 霊脈国家代表が資料を掲げる。


「安全管理の観点から、本法案は非常に有効です」


 天空連盟代表がすぐに反論する。


「文化に格付けを付ければ、弱い文化は淘汰されます」


 自然同盟代表は静かに言った。


「公開義務は……文化侵略に繋がる可能性があります」


 議論の火種が、一気に広がる。


 その様子を見つめながら。


 壇上のルグレス監察官は、微笑を崩さなかった。


 感情を読み取れない、静かな笑み。


 リリアナはその表情を見て、わずかに背筋が冷えるのを感じた。


 そして。


 手帳の隅に、小さく書き込む。


(標準化――便利)


 さらに、もう一行。


(でも、文化が呼吸できる余白は……残るの?)


 円卓会議場の空気は、再び揺れ始めていた。


 世界を一つの基準にまとめようとする思想。


 それは秩序か。


 それとも――


 新しい束縛か。


 まだ誰も、その答えを知らなかった。

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