Scene14「文明と旅人」
霊都アストラ・コア――
中央霊脈塔、最上層。
夜風が、静かに吹いていた。
塔の屋上は、都市全体を見渡せる展望回廊になっている。
下方には、光の河が幾筋も流れていた。
霊脈交通路。
物流レーン。
転移駅を繋ぐ魔力回線。
それらはまるで――
巨大な生物の血管のように、都市を循環していた。
リリアナは、手すりにそっと指を置いた。
遠方では、地方接続霊路が淡く輝いている。
昼間に見たグラナ平域の光景が、まだ胸に残っていた。
笑い声。
市場のざわめき。
再び動き始めた街。
足音が近づく。
振り返らなくても、誰かは分かる。
「……ここにいたの」
エルナだった。
リリアナは、小さく頷く。
「ええ。少しだけ、整理を」
エルナは、塔の外縁を見つめる。
霊脈の流れが、彼女の瞳に淡く反射していた。
「流れ……前より穏やか」
「でも」
少女は少しだけ首を傾げる。
「まだ、疲れてる場所もある」
「はい」
リリアナは答える。
「文明は、完全には治りません」
「人が生きている限り、必ず歪みは生まれますから」
しばらく、二人は夜景を眺めていた。
遠くで、転移駅の発光が一瞬強まる。
新しい便が、開通したのだろう。
小さな光が、都市から地方へと滑り出していく。
リリアナは、ゆっくり息を吐いた。
そして――
静かに呟く。
「文明は、動いている限り生きている」
夜風が、髪を揺らす。
「流れが止まれば」
「交流が止まれば」
「文化は、すぐに息を詰まらせてしまう」
彼女は、霊脈の光を見下ろす。
「国家も」
「技術も」
「制度も」
少しだけ、声を柔らかくした。
「全部……」
「人が移動するために存在しているんです」
エルナが、小さく頷く。
「……旅人みたいに?」
リリアナは、微笑んだ。
「ええ」
彼女は、空を見上げる。
夜空には、無数の星が瞬いていた。
その間を、細い飛行航路灯が横切っていく。
空の文明もまた、呼吸している。
リリアナは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「だから観光は――」
少しだけ間を置く。
「文明を呼吸させる行為なんだ」
その言葉は、誰に聞かせるでもなく。
ただ、夜空へ溶けていった。
遠方で、霊脈塔の共鳴音が静かに鳴る。
まるで世界が――
深く、ゆっくりと息を吸い込んだように。
エルナが、空を見上げたまま言った。
「……じゃあ」
「私たちは?」
リリアナは、少しだけ考えてから答えた。
「旅人は」
夜空を見つめたまま、静かに笑う。
「文明の肺ですね」
風が吹き抜ける。
霊脈の光が、都市を流れていく。
そして――
その光は、まだ見ぬ土地へと続いていた。




