Scene5 「国外追放宣告」
歓声が収まりきらぬまま。
王太子の隣に立つ学園長が、一歩前へ進み出た。
年老いたその姿は、静かな威圧を纏っている。
手に持たれた羊皮紙が、ゆっくりと広げられた。
ざわめきが、再び講堂に満ちる。
――処分が、確定する。
誰もがそれを理解していた。
学園長は、厳粛に告げる。
「リリエル・フォン・アルシェンド」
名を呼ばれた瞬間、視線が一斉に集まる。
「貴女の行為は、貴族社会の秩序を著しく乱し、王国教育機関の理念にも反する」
言葉が、淡々と積み重なる。
「よって、王国ならびに学園は、以下の処分を決定する」
講堂の空気が、張り詰めた。
「第一に――」
羊皮紙を持つ手が、わずかに動く。
「貴族籍の剥奪」
小さな息を呑む音が、あちこちから漏れた。
「第二に――」
わずかな間。
「王都ならびに中央領域からの追放」
空気が重く沈む。
「第三に――」
学園長の声は、さらに冷えた。
「王国社交界への永久参加禁止」
その言葉が落ちた瞬間。
講堂は、静寂に包まれた。
誰も歓声を上げない。
それは祝福ではなく――
終焉の宣告だった。
「なお、処分執行のため」
学園長は、最後の一文を読み上げる。
「被処分者は、王国北方辺境領へ送致される」
辺境。
その単語が、空気を凍らせる。
観客席から、囁きが広がる。
「……北方だと」
「霊脈も薄い不毛地帯だ」
「文化も文明も遅れている」
「ほとんど流刑と同じ……」
同情の視線。
嘲笑の視線。
哀れみの視線。
それらが、波のようにリリエルへ注がれる。
完全な破滅。
誰の目にも、それは明白だった。
――だが。
彼女の内側では。
まったく別の地図が広がっていた。
京子の思考が、静かに起動する。
(北方辺境……)
脳内に、白地図が展開される。
王都中心の同心円。
そこから外れるほど、文化情報は希薄になる。
つまり。
(未開文化が残っている可能性……高)
さらに思考が進む。
気候条件。
(北方=寒冷地帯)
(保存食文化が発達してるはず)
交易状況。
(中央物流から外れる地域は)
(独自交易圏が形成されやすい)
宿文化。
(観光流通が未整備)
(逆に地域密着型宿泊文化が残存する可能性)
そして。
食文化。
京子の思考速度が、ほんの少しだけ上がる。
(寒冷地の発酵文化……)
(燻製技術……)
(保存料理体系……)
脳内メモが、勝手に増えていく。
さらに。
辺境という言葉が、もう一つの連想を呼び起こす。
観客席の囁きが、耳に届く。
「霊脈もほとんど通っていない地域だ」
その一言。
京子の思考が、ぴたりと止まる。
――霊脈。
この世界を支える、見えない流れ。
交通魔道具。
照明設備。
都市機構。
多くが、それに依存している。
つまり。
(霊脈空白地帯……?)
未知領域という言葉が、脳内に浮かぶ。
文明依存度が低い地域。
独自文化が残る地域。
あるいは。
中央では失われた技術や生活様式が、残存する地域。
京子の胸の奥で、静かに期待が膨らむ。
その間にも、講堂では処分説明が続いている。
「追放者は、王国財産の一切を放棄すること」
「移送は王国護衛隊が担当する」
「中央領域への無断帰還は、重罪とする」
淡々と読み上げられる文言。
完全に人生が閉ざされていく音。
誰もがそう感じていた。
だが。
リリエルの瞳は、わずかに光を帯びていた。
王太子が、それに気付く。
眉が、微かに寄る。
「……理解しているのか」
低い声が、講堂に落ちる。
「これは、貴女の人生の終わりに等しい処分だ」
視線が、真正面から突き刺さる。
沈黙が落ちる。
すべての視線が、彼女へ集中する。
そして。
リリエルは、ゆっくりと頭を下げた。
「処分内容、承りました」
声は、静かだった。
あまりにも落ち着いていた。
観客席がざわつく。
動揺も。
嘆きも。
怒りも。
そこには、なかった。
ただ。
受理報告のような、端的な言葉。
頭を上げた彼女の表情は。
不思議なほど――晴れていた。
ステンドグラスの光が、その横顔を照らす。
誰にも理解できない静けさが、そこにあった。
そして彼女の胸の奥では。
新しい地図が、広がり続けていた。
まだ誰も踏み込んだことのない文化。
まだ記録されていない生活。
まだ味わわれていない料理。
王都という完成された文明の外側。
その空白地帯が。
彼女には――
果てしなく魅力的に見えていた。




