Scene7「霊脈暴走事故」
グラナ平域――地方転移駅。
普段は穏やかな農業物流拠点だった。
巨大な転移円環が広場中央に設置され、収穫物や旅人、物資が絶えず行き交っている。
霊脈塔から伸びる供給導管が、駅の天井構造へと接続されていた。
しかし、その日。
空気が、妙に重かった。
「……流れが荒れてる」
エルナが小さく呟く。
リリアナは反射的に霊脈計測端末を確認した。
波形が乱れている。
(周期振動が……通常値の三倍)
(同期ズレが広域化している)
その瞬間だった。
転移円環が――
低く唸った。
空間を構成していた光の紋様が、歪む。
次の瞬間。
轟音。
霊脈導管が一斉に震え、青白い閃光が広場を走った。
「停止しろ!!」
駅管理官の怒号が響く。
だが転移装置は暴走を始めていた。
到着予定だった貨物転移が、途中で崩れ――
物資箱が半透明の状態で空間に固定される。
輸送馬車の車輪が宙で止まり、振動を続けている。
旅人たちが悲鳴を上げた。
「転移路が閉じない!」
「供給流が逆流してる!」
霊脈導管の一部が、赤く脈打ち始める。
広場の結界柱が、不安定に明滅する。
農民たちが荷物を抱え、出口へ殺到した。
ザハルが即座に周囲を警戒する。
「外周へ移動するぞ!」
フィオが空域監視台を見上げた。
「上層導管も暴れてる……!」
その時。
リリアナの耳に、異音が届いた。
霊脈が――
鳴いている。
(これは単なる供給異常じゃない)
(循環全体が暴走している)
広場中央。
転移円環の紋様が崩壊し、魔力流が渦を巻く。
空間が歪み、重力が揺らぐ。
物資箱が浮き上がり、石畳が微細に砕け始めた。
管理官が叫ぶ。
「緊急遮断を――」
しかし遮断装置は作動しない。
霊脈流そのものが制御系統を無視していた。
その時だった。
エルナが、一歩前へ出た。
「エルナ!」
リリアナが手を伸ばす。
だが少女は、静かに首を振った。
彼女の瞳が――
淡い金色に揺らぐ。
空間に流れていた暴走霊脈が、まるで視認できる糸のように、彼女の周囲に浮かび上がった。
誰も動けない。
エルナは、ゆっくりと両手を広げる。
指先が、空をなぞる。
すると。
暴れていた霊脈流が、わずかに減速した。
渦が収縮し、波形が整い始める。
広場の結界柱が、安定した光を取り戻す。
浮いていた物資箱が、ゆっくりと地面へ戻った。
数秒。
ほんの数秒だった。
だが――
暴走は、確かに鎮まり始めていた。
管理官が呆然と呟く。
「……制御系統を使っていない……」
ザハルが息を呑む。
フィオは、初めて恐れを含んだ目でエルナを見る。
そして。
少女の身体が、ふらりと揺れた。
「エルナ!」
リリアナが駆け寄り、抱き止める。
エルナの呼吸は荒い。
「流れが……痛い……」
震える声だった。
「すごく……苦しい……」
リリアナの胸が締め付けられる。
広場の混乱は、徐々に収束しつつあった。
だが駅の管制塔から、緊急信号が鳴り続けている。
「地方供給線、全面停止!」
「転移路再構築不能!」
「周辺三都市、孤立確認!」
空気が凍り付いた。
物流が止まる。
それは、この文明において――
血流停止を意味する。
リリアナは、遠くの霊脈導管を見つめた。
安定したはずの流れが、なお微細に揺れている。
(事故じゃない)
(これは――)
彼女は、確信する。
(構造的な崩壊の兆候だ)
その時。
駅の外周に、国家管制隊が到着した。
指揮官が怒号を飛ばす。
「現場封鎖! 関係者以外退避!」
そして、隊員の一人がエルナを見て、息を呑む。
「……今、あの子が?」
ざわめきが広がる。
畏怖。
驚愕。
そして――
恐怖。
リリアナは、エルナを守るように肩を抱いた。
少女は、かすかに霊脈塔の方を見ている。
そして。
消え入りそうな声で、囁いた。
「……流れが……助けを呼んでる」
その言葉は、誰にも説明できない感覚だった。
だがリリアナには分かる。
文明は、完璧ではない。
文明は――
悲鳴を上げることがある。
そして、その声を聞いてしまった者は。
もう、旅人ではいられない。
研究者でもいられない。
文明そのものと向き合うことになる。
彼女は、静かに手帳を閉じた。
記録ではなく。
選択の段階に入ったことを、理解しながら。




