Scene6「独占企業の影」
霊都アストラ・コア――中央行政区。
白亜の塔群が並ぶ官庁街の中でも、ひときわ異質な建造物があった。
黒曜石のような外壁。
光を反射せず、ただ吸い込むように佇む高層構造。
塔の頂には、鋭角な魔導アンテナ群が林立している。
その正面門に、金属文字が浮かび上がっていた。
《ノクス動力》
「……ここが?」
フィオが低く呟いた。
アルヴェルは無言で頷く。
「国家霊脈設備の主要供給企業です」
ザハルが腕を組み、建物を見上げた。
「軍需企業の匂いがするな」
「軍需ではありません」
アルヴェルは淡々と否定する。
「彼らは純粋にインフラ企業です」
その言い方は、どこか形式的だった。
リリアナは、建物全体を観察していた。
(警備導線が二重……)
(来客動線と研究搬入口が完全分離……)
(企業というより――準国家機関に近い)
自動門が静かに開く。
内部は、想像以上に整然としていた。
広大な受付ホール。
床には霊脈回路図が装飾として描かれている。
その回路は、中央都市から地方へ放射状に伸びていた。
まるで――
支配図のように。
「ようこそ」
低く落ち着いた声が響く。
黒の礼装を纏った男が、奥から歩み出てきた。
年齢は三十代半ばほど。
整いすぎた微笑を浮かべている。
「ノクス動力統括責任者――カイエンと申します」
アルヴェルが軽く会釈する。
「霊脈管制総監アルヴェルです。本日は調査協力の件で」
「承知しております」
カイエンは滑らかな動作で一行を見渡した。
その視線が、リリアナでわずかに止まる。
「……観光研究者の方ですね」
「はい」
リリアナは穏やかに微笑む。
「文明文化の調査を行っています」
「興味深い分野です」
カイエンはそう言いながらも、感情の温度をほとんど見せなかった。
案内された会議室は、壁一面が投影装置になっていた。
起動と同時に、霊脈供給分布図が浮かび上がる。
中央都市は、鮮やかな金色。
地方へ向かうほど、色は淡くなっていく。
グラナ平域の表示は――
明らかに出力が低い。
リリアナの指先が、無意識に手帳を開く。
「地方供給量は、季節変動です」
カイエンが先に説明した。
「農業需要に合わせた調整です」
ザハルが低く言う。
「不作が起きている」
「天候要因の影響が大きいでしょう」
即答だった。
その完璧な回答に、逆に温度がない。
リリアナは、表示を静かに見つめていた。
(事故発生地域と供給変動……)
彼女は、以前作成した航路ログ分析を思い出す。
霊脈事故の集中地点。
物流遅延記録。
交通異常。
それらが――
この供給低下区域と、奇妙に重なっていた。
「質問してもよろしいでしょうか」
カイエンが頷く。
「どうぞ」
「供給調整は、どの程度企業裁量で行われるのですか」
一瞬だけ。
アルヴェルの視線が動いた。
カイエンは、穏やかに答える。
「国家基準に従います」
「ただし」
「効率運用の範囲で、最適化を行っています」
最適化。
その言葉が、妙に重く響いた。
「事故増加地域との関連は?」
沈黙が落ちる。
カイエンは、ほんのわずかに微笑を深めた。
「統計的には確認されていません」
完璧に整った回答。
だが――
その背後に、遮断された情報層をリリアナは感じ取っていた。
彼女は、視線を投影図から離さずに言う。
「文明インフラは……文化流通の血流でもあります」
カイエンがわずかに眉を動かす。
「血流が偏れば、文化も偏る」
「それは、旅の観察から得た結論です」
静かな言葉だった。
しかし部屋の空気が、わずかに緊張する。
アルヴェルが口を開いた。
「供給調整は国家認可下です」
「企業判断ではありません」
その声は冷静だったが――
どこか、線を引く響きがあった。
リリアナは彼を見た。
「総監は、供給格差を問題と考えていますか」
短い沈黙。
アルヴェルは、ゆっくりと答えた。
「国家は、崩壊を防ぐ責任があります」
「資源は、維持可能性を優先して配分されるべきです」
それは理論として、完全に正しい。
そして――
完全に冷酷でもあった。
フィオが小さく息を吐く。
ザハルは何も言わない。
カイエンは、静かにまとめた。
「我々は国家の方針に従うのみです」
「文明を維持するために」
会議は、それで終了した。
ノクス動力の塔を出た後。
行政区の空は、澄みきっていた。
しかし、リリアナの胸の奥には、重たい沈殿が残っていた。
「どう思う」
ザハルが問う。
リリアナは、少し考えてから答えた。
「悪意は……見えませんでした」
「ですが」
彼女は霊脈塔の方向を見上げる。
「流れが、誰かの都合で形を変えられている気がします」
フィオが腕を組む。
「企業か? 国家か?」
リリアナは、ゆっくり首を振った。
「たぶん……」
「どちらもです」
その時だった。
隣を歩いていたエルナが、ふと立ち止まる。
彼女は遠くの霊脈塔を見つめていた。
そして、小さく呟く。
「……暗いところが、増えてる」
誰にも聞こえないほどの声だった。
だがリリアナだけは、その言葉を聞き逃さなかった。
都市は今日も、完璧に稼働している。
文明は、滞りなく機能している。
それでも――
どこかで、流れが歪み始めている。
その確信が、静かに芽を伸ばしていた。




