Scene4「観光研究者、インフラに挑む」
霊都アストラ・コア。
都市中央にそびえる巨大霊脈塔は、まるで世界そのものを支える柱のように空へ伸びていた。
塔の周囲には、複数の転移駅群が円環状に配置されている。
魔力物流レーンが幾重にも重なり、光の流線が都市全体を循環していた。
リリアナは、その光景を無言で見上げていた。
隣でアルヴェル総監が腕を組む。
「ここが国家霊脈管制の中枢です」
「交通、物流、農業補助、気候制御――」
「すべてが、この塔から調整されています」
その声には、誇りと、そして揺るぎない確信が宿っていた。
リリアナはゆっくり頷いた。
「見学許可をいただき、ありがとうございます」
「文明研究において、インフラ観察は不可欠ですので」
アルヴェルがわずかに眉を上げる。
「観光研究者が、ここまで踏み込むとは思いませんでした」
ザハルが小さくため息をつく。
「……もう慣れた方がいい」
内部へ案内されると、そこは巨大な制御空間だった。
立体魔導盤が幾層にも展開し、霊脈流量、転移密度、出力波形が空中に投影されている。
白衣の研究員たちが、静かに数値を追っていた。
リリアナの瞳が、きらりと輝く。
彼女は手帳を取り出した。
(霊脈交通は、単なる移動手段ではない……)
(文明構造そのもの……)
彼女は制御図を観察する。
「都市間転移は固定航路型……」
「物流は時間帯分散制御……」
「農業供給は季節補正……」
研究員が思わず振り向く。
「……随分理解が早いですね」
リリアナは微笑んだ。
「旅行計画の応用です」
ザハルが天井を仰いだ。
その時だった。
リリアナが、不意に口を開いた。
「つまり――」
全員が彼女を見る。
彼女は真顔のまま言った。
「霊脈は、超高速観光ルートですね」
沈黙。
研究員のペンが止まる。
操作盤の補助精霊が、ぴたりと動きを止める。
アルヴェルがゆっくり瞬きをした。
フィオが吹き出しそうになり、必死に口を押さえる。
数秒後。
ザハルが低く言った。
「……国家施設だ」
リリアナは首を傾げる。
「はい。国家が管理する観光動線ですね」
「違う」
「文明移動基盤だ」
「観光も文明移動の一部です」
間。
アルヴェルが、静かに息を吐いた。
「……あなたの定義は、極めて異質です」
リリアナは素直に頷いた。
「観光とは、文化接続行為です」
「人が移動する場所には、必ず文化交流が生まれます」
彼女は霊脈流線を指差した。
「この交通網は――」
「文明同士の対話装置でもあります」
制御室に、再び静寂が満ちる。
アルヴェルの視線が、わずかに揺れた。
「……国家は、安全と効率を最優先に設計しています」
「文化交流は副次効果です」
リリアナは穏やかに微笑んだ。
「副次効果が、文明を長く支えることもあります」
フィオが小声で呟く。
「……言ってることは分かるけど、言い方が完全に旅行代理店なんだよな」
ザハルが頷いた。
「しかも無自覚だ」
その時、エルナが塔中央の魔導核を見上げた。
彼女の表情が、ほんの少しだけ曇る。
「……ここ」
リリアナが振り向く。
「どうしました?」
エルナは、胸元を押さえた。
「流れ……強すぎる」
制御室の空気が、わずかに変わる。
アルヴェルが鋭く視線を向けた。
「感応体質……?」
エルナは黙って首を横に振る。
だが、その指先はかすかに震えていた。
リリアナはそっと彼女の肩に触れる。
「無理はしないでください」
エルナは小さく頷いた。
アルヴェルは再び霊脈盤を見つめた。
「霊脈は国家生命線です」
「管理を誤れば、文明は崩壊します」
リリアナは静かに答える。
「はい」
「ですが――」
彼女は霊脈流線を見つめる。
「文明は、繋がらなければ意味がありません」
その言葉は、制御室に静かに残った。
やがて、研究員の一人が小さく呟いた。
「……観光研究、侮れませんね」
フィオが笑う。
「今さら?」
ザハルは腕を組んだまま言った。
「問題は――」
「本人が一切冗談のつもりで言っていないことだ」
リリアナは首を傾げた。
「何か問題が?」
全員が同時に視線を逸らした。
制御塔の上空で、霊脈流が静かに脈打つ。
文明の血流は、今日も絶えず流れていた。
そして――
その流れを、旅人が観察していることを、まだ誰も理解していなかった。




