Scene3「霊脈格差」
霊都アストラ・コアから南西へ三時間。
霊脈交通路を離れた先に、その都市はあった。
農業都市――グラナ平域。
広大な穀倉地帯に囲まれたその町は、遠目には穏やかで豊かに見えた。
だが馬車が近づくにつれ、違和感が浮かび上がってくる。
畑の色が、薄い。
黄金に染まるはずの穂が、ところどころ色褪せている。
リリアナは窓越しに畑を見つめた。
「……成長速度が不均一ですね」
ザハルが腕を組む。
「戦災でも疫病でもない。だが収穫量は落ちているらしい」
フィオが周囲を見渡す。
「空域物流も減ってる。補給便が少ない」
エルナは静かに畑の方を見ていた。
何も言わないが、その瞳はどこか沈んでいる。
一行が町に入ると、さらに状況がはっきりした。
市場は開いている。
人もいる。
だが活気が薄い。
野菜は小ぶり。
穀物袋は明らかに数が少ない。
リリアナは露店の前で立ち止まった。
「失礼ですが……今年は収穫が悪いのですか?」
店主の女性が苦笑した。
「悪いどころじゃないよ」
彼女は空を見上げる。
「霊脈出力が制限されたんだ」
リリアナのペンが止まる。
「制限……?」
「中央からの通達さ。
都市優先供給の再調整ってね」
女性は肩をすくめた。
「言い方は立派だけど、要するに――」
少しだけ声を落とす。
「こっちに回る霊脈が減ったってことさ」
沈黙。
リリアナは周囲の畑を見渡す。
(霊脈補助型農業……)
(供給量が落ちれば生産量は比例して低下……)
彼女は静かに頷いた。
その時、小さな声が聞こえた。
「それでも、去年よりはマシなんです」
振り向くと、一人の少女が立っていた。
年は十二、三ほど。
麦色の髪を肩で切り揃え、作業服を着ている。
手には、小さな収穫籠。
「私はミルカです」
ぺこりと丁寧に頭を下げた。
リリアナは微笑む。
「リリアナです。旅の研究をしています」
ミルカは少し目を輝かせた。
「旅人……本当にいるんですね」
「ええ。時々、出没します」
ミルカは小さく笑った。
「畑、見ますか?」
案内されたのは、町外れの農地だった。
土壌は丁寧に管理されている。
灌漑設備も整っている。
それでも――
穂の伸びが揃っていない。
リリアナはしゃがみ込み、土を指で掬う。
「土壌状態は良好……」
彼女は穂先に触れる。
「霊脈補助が弱いだけですね」
ミルカは静かに頷いた。
「都市の方は、ずっと明るいって聞きました」
エルナが、ぴくりと反応する。
「夜でも霊灯が消えないって」
ミルカは空を見上げた。
「ここは……時々、全部止まるんです」
風が畑を揺らす。
「霊脈灯が消えると、作物の成長術式も止まります」
「その間は……ただ、待つしかない」
リリアナのペンが、ゆっくりと動いた。
ミルカは続ける。
「先生は言ってました」
「霊脈文明は、みんなを豊かにするって」
少女は、少しだけ笑った。
「でも……」
その笑顔は、とても静かだった。
「便利さは、都市だけのものです」
沈黙が落ちた。
フィオが視線を逸らす。
ザハルは何も言わず、畑を見つめる。
エルナが小さく呟いた。
「……流れ、薄い」
ミルカが驚いて振り向く。
「分かるんですか?」
エルナは首を傾げた。
「ここ……霊脈、疲れてる」
その言葉に、風が一瞬だけ止まった気がした。
リリアナは立ち上がる。
「霊脈供給は周期制御ですか?」
ミルカは頷いた。
「はい。都市需要が高い時間帯は、ほとんど回ってきません」
リリアナは手帳を閉じた。
(中央集中型供給……)
(効率は最大化……)
(だが地方文化は脆弱化……)
彼女は畑を見渡す。
ここにも、確かに文明は届いている。
だが――
その恩恵は、薄い層でしかない。
ミルカが不意に尋ねた。
「旅人さんは……」
「都市と田舎、どっちが好きですか?」
リリアナは少しだけ考えた。
そして、柔らかく笑う。
「どちらも好きです」
ミルカが瞬きをする。
「都市は文明の集積地です」
「でも――」
彼女は畑を指差した。
「文化は、こういう場所で育ちます」
ミルカは、ゆっくり頷いた。
風が再び吹く。
未成熟な穂が、静かに揺れる。
リリアナは旅記録帳を開いた。
――霊脈供給格差確認。
――中央最適化と地方文化の衝突。
――インフラ文明の構造的課題。
ペンが止まる。
彼女は畑を見つめたまま、小さく呟いた。
「文明の恩恵は……均等ではありませんね」
ザハルが静かに答える。
「均等にすれば、効率は落ちる」
フィオが続ける。
「でも効率だけを追えば、人は離れる」
エルナが空を見上げる。
「……流れは、みんなを通る方が綺麗」
ミルカは、その言葉をじっと聞いていた。
遠くで、霊脈灯が一瞬だけ明滅した。
畑に落ちる光が、わずかに揺れる。
リリアナはその揺らぎを見逃さなかった。
そして、穏やかな微笑を浮かべる。
「……研究課題が、また増えました」
ミルカが、少しだけ笑った。
その笑顔は、まだ希望を諦めていなかった。
グラナ平域の風は、静かに吹き続けていた。




