第5アーク「霊脈文明編」第5アーク「霊脈文明編」
霊脈高速路は、もはや“道”ではなかった。
それは流れだった。
大地の下を走る光の河に、都市と都市が結びつけられている――そんな感覚に近い。
転移駅の到着門が、静かに光を収束させる。
次の瞬間、リリアナたちは別の空間に立っていた。
目の前に広がる光景に、ザハルが低く息を呑む。
「……これが、霊都か」
霊都アストラ・コア。
霊脈文明の中心国家、その心臓部である。
都市の中央には、天を貫く巨大塔がそびえていた。
白銀の柱体を幾重もの魔術環が取り巻き、内部を青白い光流が上昇と下降を繰り返している。
霊脈塔。
世界中の魔力流を監視・調整する中枢施設だ。
その周囲には、蜂の巣のように転移駅群が配置されている。
各駅では、一定間隔で光が明滅し、人と貨物が絶え間なく出入りしていた。
さらに上空には、透明な軌道が幾層にも重なっている。
そこを流れているのは、荷運び用の魔力輸送列。
光の粒子をまとった貨物コンテナが、規則正しい速度で空中を滑走している。
そして都市全体に共通する特徴が、もう一つあった。
――時間表示だ。
建物の壁面、街路標識、広場の上空投影。
あらゆる場所に、分単位、秒単位の刻印が浮かび上がっている。
人々はその表示を自然に確認しながら移動していた。
遅延は存在しない。
待ち時間も存在しない。
すべてが、正確な運行表に従って流れている。
ザハルが腕を組む。
「……ここでは移動は戦略だな」
フィオは周囲を見上げ、苦笑する。
「いや、もう戦略を通り越して、生活そのものだろ」
エルナは、しばらく無言で霊脈塔を見つめていた。
風に揺れる髪の奥で、瞳がわずかに揺れている。
一方。
リリアナは、すでに旅記録帳を開いていた。
真剣な表情で都市の構造を観察しながら、流れるようにペンを走らせている。
「移動が……完全に日常インフラ化していますね」
隣を歩いていた案内研究員が頷いた。
「はい。この都市では、距離という概念がかなり希薄です」
リリアナは霊脈塔を見上げる。
その巨大さに、普通なら圧倒されるはずだった。
だが彼女の瞳に宿っていたのは、純粋な研究者の光だった。
「なるほど……」
そして、ぽつりと呟く。
「観光時間が短縮されすぎて……
旅行記の書き甲斐が減少しています」
研究員が、わずかに目を瞬かせた。
「……そこですか」
ザハルが肩を落とす。
「お前は文明の心臓を見て、感想がそれか」
「重要ですよ」
リリアナは真顔で答える。
「旅の記録密度は、文化理解の基礎指標ですから」
フィオが吹き出しかけ、慌てて口を押さえた。
その時。
駅構内の壁面に、淡い赤色の警告表示が一瞬だけ点灯した。
――霊脈使用許可確認。
すぐに表示は通常の青に戻る。
周囲の人々は、誰一人として気にする様子を見せない。
しかしリリアナは、視線を細めた。
「……許可制度が、かなり厳密に運用されていますね」
研究員は少しだけ声を潜める。
「霊脈は国家基盤ですから」
彼は続ける。
「無制限に利用されれば、地方供給が崩れます」
リリアナの手が止まった。
「地方供給……?」
「ええ。霊脈出力には上限があります。
都市優先の配分が基本原則です」
その説明に、ザハルが眉を寄せる。
「つまり……地方は制限を受ける?」
研究員は、答えを曖昧に濁した。
「秩序維持のためには必要な調整です」
リリアナは再び霊脈塔を見上げる。
塔の内部で、光の流れが規則正しく循環していた。
あまりにも整いすぎたその動きは、まるで巨大な心臓の鼓動のようだった。
だが――
その鼓動が、世界のどこまで届いているのか。
彼女は、静かに記録帳へ書き込む。
――霊脈文明。
――高度利便性社会。
――同時に、供給管理文明。
ペンを止め、微かに微笑む。
「……面白くなってきましたね」
その声には、純粋な旅人の期待と、研究者の好奇心が混ざっていた。
霊都アストラ・コア。
文明の中心は、
同時に――文明の歪みを最も濃く映す場所でもあった。




