Scene9「文明調停会議」
天空都市ラピュル――中央評議大ホール。
浮遊する円形議場は、雲海の上に突き出すように設計されていた。
透明結晶でできた天井から、淡い陽光が差し込んでいる。
その中央。
巨大な空域投影盤がゆっくりと回転していた。
◆
本日は、臨時文明調停会議。
出席者は――
空域管理局。
空運商業連合。
飛行文化団体。
技術研究院。
そして市民代表。
◆
緊張は、まだ残っていた。
全面飛行禁止令から、わずか三日。
都市機能は限界寸前だった。
◆
議長が告げる。
「本日の議題は、空域再開制度案」
「提案者――旅文化研究者、リリアナ」
◆
視線が一斉に集まる。
◆
リリアナは静かに前へ進んだ。
緊張は――していなかった。
代わりにあるのは、観察者の静かな確信だった。
◆
「まず確認します」
彼女は空域投影盤を操作する。
◆
「天空都市は」
「空を“移動手段”としてだけでなく」
◆
「文化として成立させている都市です」
◆
数名が頷く。
◆
「したがって」
「安全と自由の対立は」
◆
「文化内部の衝突です」
◆
静寂。
◆
「対立は、排除では解決しません」
「翻訳が必要です」
◆
彼女は空域図を三層構造へ分割した。
◆
「提案します」
◆
「第一制度――観光空域設置」
◆
空域の外周部が淡く光る。
◆
「飛行文化を、安全に体験できる空域を整備します」
「監察装置常設」
「観光飛行ルート固定」
「文化体験プログラム導入」
◆
市民代表が資料を覗き込む。
「……事故率が大幅に低下するな」
◆
「観光は」
リリアナは穏やかに言った。
◆
「文化理解の最も平和的な手段です」
◆
彼女は次の層を表示した。
◆
「第二制度――教育型飛行ライセンス」
◆
技術研究院が身を乗り出す。
◆
「技能試験だけでなく」
「文化理解教育を義務化します」
◆
「空域倫理」
「航法文化史」
「事故研究共有」
◆
「操縦者を“操作者”ではなく」
◆
「文化継承者として育成します」
◆
セレスが、わずかに目を細めた。
◆
リリアナはさらに続ける。
◆
「第三制度――文化保存レース合法化」
◆
議場がざわつく。
フィオが口角を上げた。
◆
「条件付き公式競技制度です」
◆
「安全空域限定」
「航路登録義務」
「技術公開制度」
◆
「違法文化を地下に押し込むのではなく」
「技術資産として保存します」
◆
フィオが笑う。
「……面白い」
◆
「最後に」
リリアナは最も重要な資料を表示した。
◆
「第四制度――事故データ共有制度」
◆
空域管理局の官吏が驚く。
◆
「管理局」
「民間」
「文化団体」
◆
「すべての事故記録を統合します」
◆
「事故は失敗ではありません」
◆
「文明の学習記録です」
◆
議場が完全に静まり返る。
◆
セレスが立ち上がった。
「……データ公開は」
「管理権限を弱めます」
◆
「はい」
リリアナは頷く。
◆
「ですが」
◆
「文明全体の安全性は強化されます」
◆
長い沈黙。
◆
フィオが腕を組みながら言う。
「レース文化を合法保存する代わりに」
「技術公開か」
◆
「はい」
◆
「……公平だな」
◆
市民代表が言う。
「交易航路の優先保護は?」
◆
「観光空域と分離します」
◆
老商人は深く頷いた。
◆
やがて。
議場の視線が再びリリアナに集中する。
◆
彼女は静かに言った。
◆
「文明は」
◆
「単一の正解で成立しません」
◆
円卓を見渡す。
◆
「自由も」
◆
「秩序も」
◆
一拍。
◆
「文化です」
◆
その言葉は、議場の空気をゆっくりと変えていった。
◆
セレスが深く息を吐く。
「……安全を守るには」
「文化を理解する必要がある」
◆
フィオが肩をすくめる。
「自由を守るには」
「責任を共有する必要がある」
◆
市民代表が静かに言う。
「生活を守るには」
「両方が必要だ」
◆
議長が立ち上がった。
◆
「提案制度――暫定承認」
◆
議場に、低いざわめきが広がる。
◆
ラピュルの空域は――
再び動き出そうとしていた。
◆
会議終了後。
リリアナは回廊の窓から空を見上げる。
◆
雲の隙間。
試験飛行艇が一隻、ゆっくりと旋回していた。
◆
「文化は……」
彼女は小さく呟く。
◆
「対立ではなく」
◆
「共存を探し続ける旅」
◆
その背後で。
エルナが空を見つめていた。
◆
「……流れが」
◆
「大きく動く」
◆
次の嵐を予感させるように。




