Scene8「三勢力対立」
天空都市ラピュル――議会円卓室。
都市の中心にある空中行政塔。
ガラス壁の向こうに、静まり返った空域が広がっていた。
本来なら数百の飛行艇が往来するはずの空は、まるで時間を止められた湖のようだった。
◆
円卓には三つの勢力が集まっていた。
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管理局代表――セレス。
違法飛行文化代表――フィオ。
都市商業連合代表――市民側。
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そして――
その中央に座るのは、リリアナだった。
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「会議を開始します」
議長役の官吏が告げる。
「議題は飛行禁止令の継続是非」
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最初に口を開いたのはセレスだった。
「現在、事故発生率は過去最高です」
「霊脈航法異常も確認されている」
「原因究明までの全面規制は合理的判断です」
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彼女の声は理路整然としていた。
だが――硬い。
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「都市の最優先は市民の命です」
「危険な空を許可する理由はありません」
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沈黙。
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フィオが椅子に深くもたれ、笑う。
「じゃあ聞くが」
「空を止めて、何人救える?」
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セレスの眉が動く。
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「交易停止で薬が届かない患者」
「食料不足で困窮する浮遊農民」
「失業する空運労働者」
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フィオは指を折る。
「それも“命”だ」
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「危険飛行は事故を生む」
セレスが返す。
「自由の代償です」
「違うな」
フィオが即座に否定した。
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「自由は技術を進化させる」
「違法レースで生まれた航法技術は山ほどある」
「文化は挑戦で育つ」
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空気が張り詰める。
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その時。
市民代表の老商人が静かに口を開いた。
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「……どちらも正しい」
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全員が彼を見る。
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「だが」
「我々は思想で生きているわけではない」
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彼は机に資料を広げた。
「三日で香辛料市場が停止」
「五日で薬品流通が半減」
「七日で浮遊農園の収穫損失が発生」
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「この都市は」
「空が止まれば生きられない」
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重い沈黙。
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「では事故を容認するのですか」
セレスが低く言う。
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「事故も生活も」
老商人は答える。
「どちらも現実です」
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その言葉は、誰にも反論できなかった。
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議場に沈黙が落ちる。
視線が、自然と中央へ集まった。
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リリアナ。
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彼女は、静かに立ち上がった。
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「皆さんの主張は」
「文明の三要素を表しています」
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円卓に視線を巡らせる。
「セレスは“安全”」
「フィオは“自由”」
「市民は“生活”」
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「文明は、この三つが揃って成立します」
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フィオが腕を組む。
「で?」
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「どれか一つを最大化すれば」
「必ず文明は歪みます」
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リリアナは卓上に三角形を描いた。
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「安全のみ」
「→文化停滞」
「自由のみ」
「→事故増加」
「生活のみ」
「→短期利益偏重」
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セレスが静かに言う。
「理想論です」
◆
「いいえ」
リリアナは首を振った。
「交渉モデルです」
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議場がざわめく。
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「全面禁止か全面自由か」
「その二択が間違いです」
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彼女は空域地図を展開した。
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「提案します」
「多層空域交渉制度」
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指が空域をなぞる。
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「安全管理層」
――完全許可制
――監察常駐
「文化実験層」
――条件付き飛行
――技術申請制度
「生活輸送層」
――交易優先航路
――安全補助装置義務化
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「空を止めず」
「危険も管理する」
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フィオの目が輝いた。
「挑戦層を合法化するのか?」
「はい」
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セレスが言う。
「管理コストが跳ね上がります」
「文化を禁止する方が」
リリアナは穏やかに返した。
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「地下化コストが無限に増えます」
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セレスが言葉を失う。
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「観光とは」
リリアナは続けた。
「文明観察です」
「そして」
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「文明交渉です」
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議場が静まり返る。
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「文化は敵ではありません」
「理解対象です」
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老商人が静かに頷く。
「……生活航路が確保されるなら」
「我々は支持する」
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フィオが笑う。
「合法で空を試せるなら」
「レース文化は協力する」
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残る視線が、セレスへ集まる。
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彼女は窓の外を見た。
静止した空。
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「……危険は残ります」
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「はい」
リリアナは答える。
「文明は常に危険を含みます」
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長い沈黙。
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やがて――
「……検討します」
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それは、セレスにとって譲歩だった。
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その瞬間。
議場の空気が変わった。
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対立は終わっていない。
だが――
対話が始まった。
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リリアナは小さく息を吐く。
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「文明とは」
彼女は胸中で呟く。
「衝突ではなく」
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「交渉の連続だ」
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雲の向こうで、わずかに飛行艇の灯が揺れていた。




