Scene7「飛行全面禁止令」
雲上港ラピュル――中央広場。
朝。
巨大投影結晶が淡く輝き、市内放送が始まった。
人々の足が止まる。
空を飛んでいた飛行艇も、次々と旋回しながら高度を下げていた。
◆
「――天空都市ラピュル管理局より通達」
冷たい女性音声が空域に響く。
「本日付で」
「全空域における民間飛行を全面禁止とする」
◆
ざわめきが広場を覆った。
「は……?」
「全面禁止?」
「交易はどうなるんだ!」
怒号と困惑が混ざり合う。
◆
「事故増加および霊脈航法異常の拡大により」
「安全確保が困難と判断された」
「解除時期は未定」
◆
空が――静かだった。
本来なら無数に行き交う飛行艇の軌跡が、完全に消えている。
◆
「……これは」
リリアナが呟く。
「都市の血流停止ですね」
◆
隣でフィオが舌打ちした。
「やりやがったな」
「強硬措置……」
◆
その時。
人混みの向こうから、セレスが現れた。
監察官制服の襟を正し、真っ直ぐ歩いてくる。
◆
「……リリアナ」
声は落ち着いていた。
だが、その奥に疲労が滲んでいた。
◆
「これが最善です」
セレスは言う。
「事故を止めるには」
「空を止めるしかありません」
◆
フィオが笑う。
「都市を殺して安全確保か」
セレスの表情が硬くなる。
「命を守るのが優先です」
「死者が増えれば文化も何もありません」
◆
沈黙。
リリアナは空を見上げた。
静まり返った蒼穹。
そこに、違和感があった。
◆
「セレス」
彼女は穏やかに言う。
「交易は?」
「……地上輸送へ切り替えます」
「輸送効率は?」
「三分の一以下です」
◆
フィオが肩をすくめる。
「食料不足確定だな」
◆
「市民は理解します」
セレスは言い切る。
「安全のためですから」
◆
その瞬間。
広場の端で怒声が上がった。
「理解できるか!」
香辛料商の男が叫ぶ。
「俺たちは空で商売してんだ!」
「一ヶ月止まったら破産だ!」
◆
「子どもの治療薬が届かない!」
「浮遊農園の収穫が腐る!」
「生活どうするんだ!」
◆
声が連鎖する。
怒りが波のように広がる。
◆
セレスは唇を噛みしめた。
だが、姿勢は崩さない。
「混乱は承知しています」
「しかし――」
◆
「安全なくして文明は成立しません」
◆
その言葉に、群衆が静まる。
重い沈黙。
◆
フィオが小さく言う。
「逆だ」
◆
「文明が止まれば」
「人は危険を選ぶ」
◆
セレスが睨む。
「違法飛行は許しません」
「地下に潜るだけだ」
フィオが吐き捨てる。
◆
「空を求める奴は必ず出る」
「それが文化だからな」
◆
リリアナは二人の間を見た。
秩序。
自由。
どちらも――間違っていない。
◆
「……セレス」
「はい」
「この規制は“いつまで”続きますか?」
◆
セレスは一瞬、答えに詰まった。
「……原因が特定されるまでです」
「つまり」
「期限は存在しない」
◆
リリアナは小さく息を吐いた。
「それは危険ですね」
◆
「危険?」
セレスが聞き返す。
「はい」
リリアナは静かに言う。
「ルールは必要です」
「ですが」
◆
「ルールだけでは文化は死にます」
◆
風が吹いた。
広場の旗が揺れる。
◆
「文化は流動体です」
リリアナは続ける。
「流れを完全に止めれば」
「圧力が溜まり」
「別の場所で破裂します」
◆
フィオが頷く。
「地下レースが増える」
「無許可飛行が横行する」
「整備不良機も増える」
◆
セレスの拳が震える。
「ではどうすればいいのです!」
◆
その声には、初めて感情が滲んでいた。
◆
リリアナは、優しく答える。
「文化を観察することです」
「……観察?」
「はい」
「空を飛びたい理由」
「危険を承知で飛ぶ意味」
「それを理解せずに規制すれば」
◆
「文明は、必ず反発します」
◆
その時。
遠くの空で、小さな閃光が走った。
◆
次の瞬間――
違法飛行艇が一機、雲間を突き抜けた。
◆
「止まれ!」
監察艇が追尾を開始する。
市民がざわめく。
◆
「……始まりましたね」
フィオが呟く。
◆
「地下空域の時代だ」
◆
セレスはその光景を見つめていた。
目に浮かぶのは怒りではなく――
恐怖だった。
◆
リリアナは空を見上げる。
静止した都市。
逃げる飛行艇。
追う監察艇。
文明が、二つに裂けていた。
◆
「空は」
彼女は小さく呟く。
「誰のものでもありません」
◆
「だからこそ」
「争いが生まれる」
◆
雲の向こうで、再び光が瞬いた。
それはまだ、小さな火種だった。
だが――
やがて都市全体を巻き込む炎になる予感があった。




