Scene6「違法レースの裏」
ラピュル下層空域――整備区画。
夜。
浮遊足場の隙間から、都市の灯りが遠く瞬いている。
フィオが歩きながら言った。
「ここはレース関係者の整備場だ」
薄暗い格納区。
半分解体された飛行艇。
改造パーツの山。
合法と違法の境界が、曖昧に混ざっている空間だった。
◆
「本当にここで情報が?」
セレスが警戒気味に周囲を見る。
「表じゃ絶対出てこない話だ」
フィオが肩をすくめる。
「裏側は、いつも整備場に集まる」
◆
リリアナは、工具台に並ぶ航法装置を観察していた。
「……興味深いですね」
手に取った装置の側面を撫でる。
「これは正規品ですが」
装甲板を外す。
「内部に後付け回路があります」
セレスが眉をひそめた。
「改造航法装置?」
「はい」
リリアナは淡々と言う。
「しかもかなり精巧です」
◆
「それ、違法チューンだな」
背後から声がした。
振り向くと――
油で汚れた整備士風の男が立っていた。
「レース用の性能補正」
男は装置を指差す。
「霊脈補正を強制的に増幅する」
◆
「危険では?」
セレスが即座に聞く。
男は鼻で笑う。
「危険じゃない改造なんて、価値がねえ」
フィオが腕を組む。
「事故が増えてる」
その言葉に、男は一瞬だけ沈黙した。
◆
「……全部がレースのせいじゃない」
男が低く言う。
リリアナの瞳が細くなる。
「詳しく聞かせてください」
◆
男は周囲を確認してから、小声で続けた。
「最近流れてる改造装置がある」
「性能が良すぎる」
「しかも――」
工具箱から、小型回路を取り出す。
「製造元が分からない」
◆
リリアナは即座に観察を始めた。
「……霊脈同期補助回路」
指で配線をなぞる。
「通常の増幅構造と違います」
「どう違う?」
フィオが聞く。
「同期誤差を“隠す”構造になっています」
◆
セレスの表情が変わる。
「誤差を……隠す?」
「はい」
リリアナは頷く。
「操縦者が異常に気づきにくくなる設計です」
空気が一瞬、冷えた。
◆
「それは」
セレスの声が硬くなる。
「事故誘発装置では?」
「可能性があります」
リリアナは淡々と答えた。
「少なくとも、安全設計ではありません」
◆
整備士の男が舌打ちする。
「最近、保険屋が妙に羽振りいいの知ってるか?」
フィオが顔をしかめる。
「空域保険連合か?」
「ああ」
男は頷いた。
「事故補償額が跳ね上がってる」
◆
「……偶然とは思えませんね」
リリアナが呟く。
「事故増加」
「高性能改造装置流通」
「保険市場拡張」
指折り数える。
「三点が連動しています」
◆
セレスが低く言う。
「保険利権……」
「それだけじゃない」
整備士が続けた。
「最近、空域航路を再編する話が出てる」
フィオが目を見開く。
「独占企業か」
◆
「天空物流統合社」
男は名前を出した。
「事故多発を理由に」
「航路管理を一元化する計画を進めてる」
◆
沈黙。
それは単なる企業の話ではなかった。
都市の空を――
支配する計画だった。
◆
「もし事故が増えれば」
リリアナが静かに言う。
「市民は安全を求めます」
「規制強化を受け入れる」
「そして管理権限が集中する」
◆
セレスが歯を食いしばる。
「空域は公共資産です」
「企業支配など――」
言葉を飲み込む。
◆
フィオが低く笑った。
「だからこそ狙われる」
「空は一番デカい利権だからな」
◆
リリアナは改造回路を見つめていた。
「ですが」
ゆっくり言う。
「この装置だけでは説明がつきません」
◆
「霊脈同期ズレは」
「都市規模で発生しています」
セレスが息を呑む。
「つまり……」
「装置は“加速要因”」
「本体は別に存在する可能性があります」
◆
整備士が顔を曇らせる。
「それ、かなりヤバい話だぞ」
リリアナは静かに頷いた。
「はい」
「文明インフラ干渉事件の可能性があります」
◆
その時。
背後で、小さな声がした。
「……やっぱり」
エルナだった。
◆
彼女は改造装置を見つめている。
「これ、波を歪める道具だ」
「波?」
フィオが聞く。
エルナはゆっくり言う。
「霊脈の流れは、水みたいなもの」
「この装置……」
指先で触れる。
「小さな渦を作る」
◆
「渦が増えると」
「大きな流れも乱れる」
リリアナが静かに頷いた。
「つまり」
「事故は偶然ではなく」
◆
「設計された混乱」
◆
セレスが端末を握り締める。
「この件は監察局に正式報告します」
しかし、彼女は途中で止まった。
「……証拠が足りない」
◆
フィオが舌打ちする。
「相手が企業なら」
「証拠は全部隠される」
◆
リリアナは改造装置をそっと机に戻した。
「なら」
穏やかに言う。
「文化調査の続きをしましょう」
「……文化?」
セレスが聞き返す。
◆
「はい」
リリアナは微笑む。
「文明が壊れる時」
「必ず“どこかの文化”が歪みます」
「そこに、痕跡が残ります」
◆
フィオが笑った。
「相変わらず遠回りだな」
「近道ですよ」
リリアナは真顔で答える。
「文化は嘘をつけませんから」
◆
整備場の外。
夜空に飛行艇の灯りが流れていた。
その軌跡は、美しかった。
――だが。
わずかに。
不自然に揺れていた。
◆
エルナが空を見上げる。
「……波が増えてる」
小さく呟く。
「このままだと」
彼女の瞳に、微かな不安が浮かぶ。
「空が、壊れる」




