Scene3 「罪状朗読」
「――以上を踏まえ、被告リリエル・フォン・アルシェンドに対する正式罪状を読み上げる」
学園長の声が、講堂の天井へ反響した。
空気が、わずかに変わる。
ここからは儀式ではない。
判決に向けた、確定作業だ。
「第一。聖女候補生ミリア・ルーシェルへの継続的威圧行為」
ざわり、と観客席が揺れる。
名前が読み上げられた瞬間、前列に座る少女が肩を震わせた。
白い制服。
淡く光を宿す金髪。
――聖女候補生。
彼女の周囲には、庇護するように貴族子弟が並んでいる。
「証言記録によれば、被告は複数回に渡り、候補生の社交参加を妨害し、精神的圧迫を与えたとされる」
控えめなすすり泣きが、どこかから聞こえた。
それを合図にしたように、観客席から冷ややかな視線が集まる。
「第二。王太子殿下への政治的干渉」
王太子の周囲で、護衛騎士が静かに姿勢を正した。
「婚約者という立場を利用し、王国政策決定に影響を及ぼそうとした疑い」
貴族席から、かすかな笑いが漏れる。
勝者側の、余裕を含んだ嘲笑だった。
「第三。王立学園秩序条項第三十四条違反」
紙をめくる音が響く。
「身分的優越を背景とした学内規律の私物化」
朗読が進むほど、講堂の空気は確信へ傾いていく。
誰もが理解している。
これはもう、覆らない。
視線は、処刑台を見る観客のそれに近い。
後方席では、囁きが広がっていた。
「当然の結果だ」
「聖女様に盾突くなど愚かしい」
「アルシェンド公爵家も終わりだな」
言葉の端々に、勝利宣言の匂いが混ざっていた。
だが――
中心に立つリリエルだけが、別の方向を見ていた。
表情は無表情。
姿勢は完璧。
しかし内側では、まったく違う思考が進行している。
――ええと。
――整理すると。
京子の思考回路が、静かに回り始める。
王宮勤務。
社交界義務。
政治婚約。
それらの単語が、業務リストのように並ぶ。
そして。
罪状=破棄条件。
――つまり。
京子は、冷静に結論を出した。
(王宮勤務から解放……?)
脳内で、チェック項目が一つ消える。
(定例社交イベント……消滅?)
さらに一つ、消える。
(王族スケジュール同行義務……消滅?)
チェック欄が、順調に空白になっていく。
わずかに、胸が軽くなる感覚があった。
罪状朗読は続く。
「以上の行為により、被告は王国秩序維持に対する重大な脅威と判断される」
重々しい宣言。
周囲では満足げな頷きが広がる。
だが京子は、さらに思考を進めていた。
――ここからが重要。
――条件条項の確認。
脳内で、自然と“契約書形式”が組み上がる。
◆違反内容
◆罰則内容
◆適用範囲
◆例外規定
◆再契約可能性
完全に、業務モードだった。
王太子が、ゆっくりと一歩前へ出る。
金の刺繍が施された外套が、静かに揺れた。
視線が、真っ直ぐリリエルへ向く。
その瞬間、講堂の緊張が極限まで高まる。
王太子は、朗々と宣言した。
「以上の罪状に基づき――」
観客が息を呑む。
「リリエル・フォン・アルシェンドとの婚約を、ここに正式破棄する」
歓声に近いざわめきが広がった。
誰かが拍手を始める。
それはすぐに、連鎖した。
断罪は、完全に成功したのだ。
だが。
リリエルの内側では、別の処理が完了していた。
――婚約破棄。
京子の脳内に、新しい契約項目が追加される。
【王族拘束契約:解除】
思考が、静かに評価を出す。
(……大型契約終了案件)
ほんのわずかに。
ほんのわずかだけ。
心が軽くなる。
王太子は続けた。
「さらに、被告には国外辺境調査任務を命ずる」
空気が、一瞬だけ静まる。
追放。
誰もが、その意味を理解した。
敗者の終着点。
社会的消失。
しかし――
京子の思考は、そこで止まらない。
「国外」
「辺境」
「調査任務」
単語が、次々と分析対象になる。
観光資源。
未開文化。
未整備宿泊施設。
未知食文化。
脳内で、評価項目が爆発的に増える。
そして。
結論が、浮かぶ。
(……資料価値、めちゃくちゃ高いのでは?)
ほんの一瞬だけ。
胸の奥で、何かが灯った。
だが外見のリリエルは、微動だにしない。
ただ静かに、断罪の中心に立ち続けていた。
ステンドグラスの光が、ゆっくりと彼女の影を伸ばす。
講堂は歓声と勝利の空気に包まれている。
だがその中央で。
一人の令嬢だけが。
まるで新しい契約書を精査するように――
未来を、分析していた。




