表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢リリアナ断罪されたので旅に出ます 『悪役令嬢観光録』 ―文化を巡り、文明を繋ぐ旅―  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/43

第4アーク 「天空都市編」Scene1「雲上港ラピュル到着」

 雲を突き抜けた瞬間、リリアナは息を呑んだ。


「……わぁ」


 視界いっぱいに広がるのは――空だった。


 いや、正確には違う。


 空の中に存在する“都市”だった。


 巨大な浮遊大陸が、青空の中央に悠然と鎮座している。幾層にも重なる円環状の街区が、雲海の上に段々と広がり、無数の桟橋が外縁から伸びていた。


 そこへ次々と接岸していくのは、魔導飛行艇、翼を持つ大型飛行獣、そして個人用の小型滑空機。


「ようこそ、天空都市ラピュルへ」


 案内を務める港湾職員が、誇らしげに言った。


 しかしリリアナの耳には、もうその声すら半分しか届いていない。


「……交通網……三層、いや四層……」


 彼女は手帳を取り出し、猛烈な勢いで書き始める。


「下層は物流航路。中層が市民交通……上層が貴族・行政用空域……すごい……空域が完全に都市インフラ化してる……」


「もう始まってる……」


 隣で苦笑したのは同行者のザハルだった。


「止めるな。こうなったら書き終わるまで戻らん」


 雲上港は、生き物のように動いていた。


 係留塔に着陸した飛行艇からは、香料、精密機械、羽毛織物、霊石資材など、各地の産物が次々と降ろされている。空中クレーンが静かに唸りを上げ、荷を吊り上げ、別の航路へと流していく。


 その合間を縫うように、翼長十メートルはあろうかという輸送用飛行獣が滑空してきた。背に積まれた荷鞍が揺れ、操獣士が器用に手綱を操る。


「……生体輸送文化も維持してる……!」


 リリアナの瞳が輝く。


「機械文明と共存してるのがすごい……効率だけじゃない、文化保存の意思が見える……」


 ザハルが肩をすくめる。


「お前、本当にそこを見るんだな」


「当然です。文明は“合理性”と“伝統”の交渉結果ですから」


 彼女は真顔で頷いた。


 そのとき、港の上空を一筋の光が駆け抜けた。


 鋭い旋回。

 空気を裂く推進音。

 雲を切り裂く高速滑空。


「……今のは?」


 リリアナが顔を上げる。


 港湾職員が、ほんの一瞬だけ眉を曇らせた。


「……非公式航路を飛ぶ連中でしょう。最近、少々問題になっていましてね」


 だがすぐに、営業用の笑顔へ戻る。


「観光客の方は気になさらず。さあ、宿泊施設へご案内します」


 その微妙な間を、リリアナは見逃さなかった。


(問題……ね)


 彼女のペンが、伏線として静かにその単語を書き留める。


 ――違和感の芽が、ほんのわずかに胸の奥へ沈んだ。


   ◆


 案内された空中宿は、港外縁から突き出した半透明の結晶構造物だった。床は強化霊ガラスで作られており、足元には雲海が広がっている。


 チェックインを終えると、リリアナは迷わず窓際へ駆け寄った。


「……すごい……」


 空は、夕焼けに染まり始めていた。


 多層航路を行き交う飛行艇の灯火が、空中に幾重もの光の帯を描く。下層では商業船団が整然と移動し、上層では優雅な個人艇が星のように瞬いていた。


 都市そのものが、巨大な立体星座のようだった。


「レビューを書きます」


 唐突にリリアナが宣言する。


「もうか?」


「宿文化は都市文明の縮図です」


 彼女は真剣な顔で手帳を開く。


 数秒後。


「……よし」


 読み上げた。


天空宿クラウド・レジデンス評価」


 ザハルが嫌な予感を覚えた顔をする。


「景観――SSS」


「まあ分かる」


「空域アクセス――A+」


「ほう」


「文化保存価値――S」


「そこ評価項目なんだな」


 リリアナは誇らしげに頷いた。


 そして。


「安全性――」


 一拍置いて。


「墜落リスクC」


「やめろ」


 即座にザハルが止めた。


「誤解を招く」


「ですが事実です。高高度居住区は構造的に避難導線が――」


「宿で分析するな」


 真剣に反論しようとするリリアナを、ザハルが半ば強引に椅子へ座らせた。


 そのとき。


 遠くの空域で、再び光が閃いた。


 今度は二筋。


 追いかけ合うように旋回し、急降下し、都市外縁の雲の中へ消える。


 宿の外壁が、わずかに震えた。


 近くの宿泊客が、不安そうに空を見上げる。


 その空気を察したのか、館内アナウンスが穏やかに流れた。


『現在、外縁空域にて非許可飛行が確認されています。安全に問題はありません』


 ――安全に問題はありません。


 その言葉を、リリアナは静かに反芻する。


(安全……)


 彼女は再び手帳を開き、書き加える。


『空域許可制度――存在確定』


『違法飛行文化――存在示唆』


『事故増加――要調査』


 ペンを止めたあと、リリアナは窓の外を見た。


 光の航路が、夜空に複雑な幾何学模様を描いている。


 それはあまりにも美しく。


 同時に――どこか張り詰めていた。


「……空って」


 彼女は呟く。


「自由の象徴だと思ってました」


 ザハルが隣で腕を組む。


「違うのか?」


 リリアナは、ゆっくり首を横に振った。


「ここでは……きっと」


 夜空を見上げる。


「交渉の場所です」


 その言葉は、まだ誰にも届かない。


 だが確かに――


 天空都市ラピュルという文明の核心へ、彼女は最初の一歩を踏み入れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ