表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢リリアナ断罪されたので旅に出ます 『悪役令嬢観光録』 ―文化を巡り、文明を繋ぐ旅―  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/37

Scene7「盗賊の事情」

砂嵐の余韻は、まだ空気の中に残っていた。


 キャラバンは夜営地を築き、損害確認と修繕作業に追われている。


 焚火の周囲では、緊張した空気が漂っていた。


 その中心に――


 縛られた男が座らされていた。


 サンド・ジャッカルの一員。

 若い。二十代前半ほどだろうか。


 砂布は剥がされ、日焼けした顔には疲労が色濃く刻まれている。


 ザハルが腕を組み、男を見下ろした。


「名は」


「……ナジム」


「所属は」


「もう……所属なんてない」


 ザハルの目が細くなる。


「盗賊団だろう」


 ナジムは、乾いた笑いを漏らした。


「生きるための仕事だ」


 焚火がぱちりと鳴る。


 隊商長が口を開いた。


「なぜ水を狙う」


「売れるからだ」


「どこに」


「……裏市場」


 沈黙が落ちる。


 その空気を、リリエルが静かに破った。


「質問してもよろしいですか」


 隊商長が顎で許可する。


 リリエルは、捕虜の正面に座った。


「あなたは元交易民ですか?」


 ナジムの目が、一瞬だけ揺れる。


「……そうだ」


「どの商会に所属していましたか」


「砂鷹商会」


 隊商長が小さく眉を動かした。


 リリエルは手帳を開く。


「三年前に大規模合併した商会ですね」


「……よく知ってるな」


「交易記録は文化資料として重要なので」


 ナジムは、焚火を見つめたまま続けた。


「合併の後……規約が変わった」


「どのように?」


「水輸送の権利が、上位契約者だけに制限された」


 護衛の一人が顔をしかめる。


「独占か」


 ナジムは頷いた。


「小隊商は、契約更新ができなかった」


「あなたの家族は?」


「父が隊商長だった」


 彼の声は、静かだった。


「契約を失って……交易路を閉ざされた」


 焚火の火が揺れる。


「砂漠では、交易路を失うのは……」


「生活を失うのと同義ですね」


 リリエルが補足する。


 ナジムは、初めて彼女を見る。


「記録官か?」


「はい」


「……なら書いておけ」


 彼は、少しだけ笑った。


「俺たちは最初から盗賊だったわけじゃない」


 沈黙が流れる。


「水輸送を請け負えなければ、商売は成り立たない」


「護衛は?」


「雇えない」


「市場は?」


「入れない」


 彼は拳を握った。


「生きるには、奪うしかなかった」


 ザハルが低く言う。


「だから、キャラバンを襲うのか」


「違う」


 ナジムは首を振る。


「水を独占してる大商会は、重武装だ」


「勝てない」


「だから……中規模隊商を狙う」


 隊商長が、目を閉じる。


 重たい沈黙。


 焚火の火だけが音を立てている。


 リリエルは、静かに問いかける。


「あなたは、この生活を望んでいますか」


 ナジムは即答しなかった。


 長い沈黙の後――


「……望む奴がいると思うか」


 その声には、怒りも悲しみも、すでに薄れていた。


 ただ、乾いた疲労だけが残っていた。


 リリエルは手帳に書き込む。


 ――交易独占による社会階層固定

 ――水利権と生存格差

 ――交易倫理の崩壊


 ペン先が止まる。


 彼女は小さく呟いた。


「正義は、単純ではありませんね」


 ザハルが彼女を見る。


「どういう意味だ」


「盗賊は犯罪です」


「だが、発生原因は経済構造にある可能性があります」


 隊商長が、ゆっくりと頷く。


「……現実だな」


 ザハルは捕虜へ視線を戻す。


「お前は、まだ盗賊団に戻るつもりか」


 ナジムは苦笑した。


「戻る場所があればな」


 その言葉に、護衛の空気がわずかに揺れる。


 リリエルが、静かに隊商長へ言う。


「提案があります」


「言え」


「労働契約による更生制度を検討できませんか」


 護衛兵が驚く。


「盗賊を雇うのか!?」


「護衛ではありません」


「砂地航路の案内、砂嵐予測、地形記録などです」


 隊商長は腕を組む。


「利益は」


「交易安全率が向上します」


 リリエルは淡々と言った。


「敵を減らすことは、防衛コスト削減になります」


 ザハルが小さく笑う。


「本当に、全部物流で考えるんだな」


「文化も物流の一種です」


 リリエルは真顔だった。


 隊商長は、しばらく考え――


 捕虜を見る。


「ナジム」


「……なんだ」


「三ヶ月、労働契約を提示する」


 周囲がざわめく。


「逃亡した場合、次は容赦しない」


 ナジムは、焚火を見つめたまま固まっていた。


「働けば、報酬を支払う」


「……」


「選べ」


 長い沈黙。


 風が砂を運ぶ。


 やがて――


 ナジムは、ゆっくりと頷いた。


「……働く」


 焚火の火が、大きく揺れた。


 リリエルは、その光景を見つめながら――


 手帳を閉じる。


 砂漠の夜空には、無数の星が広がっていた。


 そして彼女は、静かに思う。


 ――文化とは、衝突の記録であり

 ――交渉の歴史であり

 ――生き延びるための知恵なのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ