Scene6「砂嵐の襲撃」
その兆候は、空の色から始まった。
昼下がり。
キャラバンが砂丘を越えようとした瞬間――
遠方の地平線が、ゆっくりと濁り始める。
「……来るぞ」
ザハルの声が低く響いた。
次の瞬間、見張り役が叫ぶ。
「砂嵐接近!」
風が唸りを上げる。
砂が空へ舞い上がり、視界が一気に白茶色に染まった。
隊商長が怒鳴る。
「防砂布展開! 荷車固定! 隊列密集!」
商人たちが一斉に動き出す。
砂獣が不安げに鳴き声を上げる。
その混乱の中――
ザハルが剣を抜いた。
「来るぞ。嵐に紛れて」
砂嵐の向こうから、影が揺れる。
砂布をまとった騎乗者たち。
黄色の牙を描いた旗。
「サンド・ジャッカルだ!」
護衛兵が叫ぶ。
盗賊団は、砂嵐を背に滑り込むように接近してくる。
狙いは明確だった。
――水樽。
彼らは護衛と正面衝突を避け、外周を高速で旋回する。
短時間で物資を奪い、離脱する戦術。
「外周防御線形成!」
ザハルが命じる。
護衛たちは盾を構え、円陣を作る。
矢が砂を裂き、盗賊が突入してくる。
金属音が響き、砂が舞う。
――その中で。
リリエルは、荷車の陰で手帳を開いていた。
「何してる!?」
護衛の一人が叫ぶ。
「戦闘中だぞ!」
「戦闘支援です」
リリエルは真顔だった。
彼女は荷車配置図を広げる。
視線が高速で動く。
「水樽は中央三台。予備水袋は第六荷車。保存食は後方二列」
砂嵐の風向きを観察する。
「風速上昇……南西から北東へ流れています」
彼女は素早く計算する。
「盗賊の退路は北東側です」
「どういう意味だ!」
ザハルが叫びながら、敵を斬り払う。
「彼らは撤退経路上に水樽を奪う配置を取ります!」
リリエルは紙に矢印を書き込む。
「防衛重点を第三荷車へ集中してください!」
隊商長が即座に判断する。
「ザハル!」
「了解!」
護衛が再配置される。
盗賊団が突入してくる。
だが、防御線は既に厚くなっていた。
盗賊が一瞬、動きを止める。
ザハルが低く笑う。
「読み負けたな」
刃が閃き、盗賊が砂へ転がる。
しかし、別動隊が後方へ回り込んでいた。
「水袋が狙われてる!」
誰かが叫ぶ。
その瞬間――
リリエルが立ち上がる。
「優先順位を変更します!」
「は!?」
「水袋は分散可能資源です! 水樽が失われると全体崩壊します!」
彼女は荷役係へ叫ぶ。
「第六荷車、水袋を第二列へ移動! 砂獣へ分散搭載!」
荷役係が戸惑う。
「今そんなこと――」
「物流崩壊ラインに入ります!」
叫びは、やけに切迫していた。
一瞬の沈黙。
隊商長が怒鳴る。
「従え!」
荷役係が動き出す。
水袋が素早く移動される。
盗賊が後方荷車を襲撃する。
布が裂かれ、物資が散る。
だが――
水樽は守られていた。
盗賊団の指揮役が、舌打ちする。
短い笛の音が鳴る。
撤退合図だった。
サンド・ジャッカルは、砂嵐へ溶け込むように離脱していく。
嵐が去るころには、彼らの姿は完全に消えていた。
――静寂。
砂がゆっくりと地面へ落ちていく。
負傷者の確認が始まる。
荷物点検も始まる。
隊商長が報告を受ける。
「損害は?」
「乾燥革多数損失。香辛料箱三つ破損」
「水は?」
「水樽、全保持。水袋損失三割」
隊商長が深く息を吐いた。
「……上出来だ」
ザハルが、砂を払いながら歩いてくる。
視線は、リリエルへ向いていた。
「なぜ水樽を最優先にした」
リリエルは手帳を閉じる。
「樽は補充不能資源です。袋は再配分可能です」
「理屈は分かる」
「水樽が一台失われた場合、生存可能日数が二・四日短縮されます」
ザハルは沈黙する。
「袋損失三割は?」
「許容範囲内です」
ザハルは数秒だけ彼女を見つめ――
小さく息を吐いた。
「……戦闘以外で、ここまで役に立つ奴は初めて見た」
護衛兵の一人が笑う。
「この人、敵じゃなくて物流と戦ってたぞ」
「物流は最強の敵です」
リリエルは真剣に言った。
誰かが吹き出す。
隊商長が歩み寄る。
「文化記録官」
「はい」
「今日から、危機管理補佐も兼任しろ」
リリエルは少しだけ目を見開き――
静かに頷いた。
「光栄です」
夕陽が、砂丘を赤く染めていた。
キャラバンは再び進み始める。
その列は、先ほどよりも少しだけ――
結束していた。




