Scene3「役割なき旅人は乗せない」
キャラヴァーン市の外縁――隊商区は、都市とはまた違う熱を帯びていた。
巨大な天幕がいくつも連なり、その間を砂獣がゆったりと歩いている。荷を積み上げる音、紐を締める掛け声、荷札を確認する読み上げ声。出発を控えたキャラバン特有の緊張が、空気に混じっていた。
リリエルは、その光景を食い入るように眺めていた。
「積載順が階層化されていますね……水資源が中心配置、食料が外周、香辛料は上段。合理的です」
「感心している場合か」
ザハルが低く言う。
「同行許可をもらえなければ、ここで別行動になる」
「ええ、承知しています」
リリエルは微笑んだ。
そして、正面の巨大天幕へ歩み寄る。
そこにいたのは、キャラバン全体を統括する隊商長だった。深い藍色の外套をまとい、砂焼けした顔に鋭い視線を宿している。
「何用だ、旅人」
短く、無駄のない声音。
リリエルは優雅に一礼した。
「次の交易路へ同行を希望しています」
沈黙。
隊商長は、ゆっくりとリリエルを見上げるように観察した。衣装、装備、立ち居振る舞い――すべてを測るような視線。
やがて、はっきりと言った。
「役割なき旅人は乗せない」
周囲の隊員たちが、当然だとばかりに頷く。
「キャラバンは観光馬車ではない。生存共同体だ。働かない者は、全員を危険にさらす」
リリエルは頷いた。
「もっともです」
即答だった。
その落ち着いた反応に、隊商長がわずかに眉を動かす。
「では退け」
「ですが」
リリエルは、静かに手帳を開いた。
「役割を提示させてください」
隊商長の視線が、ほんのわずかに鋭くなる。
ザハルが腕を組み、様子を見守る。
「私は交易文化の記録者です。単なる旅人ではありません」
「記録?」
「はい」
リリエルはページをめくりながら続ける。
「まず、市場価格分析が可能です」
さらりと、いくつかの数値を書き出す。
「現在、南砂漠産香辛料は供給過多傾向にあります。一方で北方乾燥果実は流通量が減少しています。交易路を北回りに調整すれば、利益率が上昇します」
隊商長の視線が、わずかに変わった。
リリエルはさらに続ける。
「加えて、文化記録。各都市の水契約様式、交易儀礼、交渉形式を整理し、次回取引時の交渉効率を改善できます」
「……ほう」
「そして」
ページをもう一枚めくる。
「交易ルート整理。既存の航路ログと宿泊点情報を統合し、危険地域の回避ルートを作成可能です」
隊商区のざわめきが、わずかに収まる。
隊商長が腕を組んだ。
「口では何とでも言える」
「では、実例を」
リリエルは地図を広げた。
「現在計画されている東回廊ルートですが――ここ」
指先が砂丘地帯を示す。
「ここは盗賊被害報告が集中しています。ですが、三日前に巡礼団が通過した南回避路は、補給拠点が増設されています」
隊商長の側近が、思わず口を挟む。
「……その情報、どこで」
「宿帳と巡礼記録です」
さらりと答える。
「旅人掲示板情報を統合すれば、移動リスクはある程度予測できます」
沈黙が落ちた。
隊商長は、しばらく地図を見つめていた。
やがて、ゆっくりと顔を上げる。
「……旅人」
「はい」
「なぜそこまで記録する」
リリエルは、少しだけ考えた。
そして穏やかに答える。
「文化は、共有されて初めて生き残るからです」
隊商長の目が、細くなる。
「交易も同じだと思います」
風が天幕を揺らした。
しばらくして――隊商長が息を吐く。
「仮採用だ」
周囲の隊員がざわめく。
「文化記録官として同行を許可する。ただし」
「はい」
「役に立たなければ、次の補給地で降ろす」
リリエルは、深く頭を下げた。
「十分です。ありがとうございます」
ザハルが横で、小さく鼻を鳴らす。
「……貴族が口先だけで砂漠を渡れると思っていたが」
「まだ渡っていません」
「その通りだ」
ザハルはわずかに口角を上げる。
「だが、少なくとも荷物ではなくなったな」
リリエルは手帳に素早く書き込む。
“キャラバン――生存共同体。
役割=存在証明。”
そして、小さく付け足す。
“仮採用。評価期間あり。”
隊商区では、出発準備がさらに加速していた。
砂獣が唸り、旗が風に翻る。
交易品が積み上がり、補給水が慎重に運ばれる。
リリエルは、その光景を見渡す。
胸の奥に、静かな高揚が灯る。
(旅が、また一歩深くなった)
文化を観察するだけではない。
文化の中で役割を持つ。
それが――この砂漠で旅人が生きる条件だった。




