表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢リリアナ断罪されたので旅に出ます 『悪役令嬢観光録』 ―文化を巡り、文明を繋ぐ旅―  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/92

Scene10 「街道市」

夜が明ける頃。


 街道の先に、妙な賑わいが見えてきた。


 幾つもの荷馬車が円を描くように停まり、色とりどりの布天幕が立てられている。煙が立ち上り、香ばしい匂いが風に乗って流れてきた。


 御者が手綱を緩める。


「街道市ですね」


「街道市?」


 リリエルが身を乗り出す。


「移動商人が作る臨時市場です。宿に入る前に立つことが多い」


 護衛兵が補足する。


「交易路の中継点みたいなもんです」


 リリエルの瞳が、静かに輝いた。


 馬車が市場の端に停まる。


 地面には敷物が広げられ、その上に商品が並んでいた。


 干し果実、燻製肉、保存穀物。革製の水袋や折り畳み調理器具。さらには旅用の補修道具まで、実に多彩だった。


 行き交う人々の声が重なる。


「この塩漬けは北方産だ!」


「旅靴の底、補強できるぞ!」


「情報なら三日前の山道状況がある!」


 リリエルは一歩踏み出し――その場で立ち止まる。


 周囲を見渡し、静かに呟いた。


「……移動型社会ですね」


 護衛兵が苦笑する。


「また研究が始まった」


「はい」


 否定はしなかった。


 彼女はまず、食材を扱う露店へ向かった。


 木箱の中には、乾燥野菜と粉末スープの袋が並んでいる。


「保存期間はどの程度ですか?」


 店主の老女が答える。


「密封なら三十日。湿気に弱いけどね」


 リリエルは頷き、鞄の中の携行食を取り出す。


 丁寧に並べ、比較する。


「重量比で見ると……こちらの方が輸送効率が良いですね」


 老女が目を丸くする。


「そんな見方する客、初めてだよ」


 リリエルは穏やかに微笑んだ。


「長距離旅では重要なので」


 次に彼女が向かったのは、革細工の露店だった。


 卓上には水袋や腰装具、旅用ポーチが並んでいる。


 店主の青年が胸を張る。


「この水袋、三層革だ。砂地でも破れにくい」


 リリエルは手に取り、重さを測るように持ち上げる。


「耐久性は高そうですが……」


「ですが?」


「携行位置が少し下すぎますね」


 青年が瞬きをする。


「長時間歩行だと腰回りの疲労が増えそうです」


 リリエルは自分の装備を確認しながら続けた。


「水袋を肩側に分散した方が、移動効率が上がります」


 青年は腕を組み、真剣に考え込む。


「……言われてみれば」


 護衛兵が小声で呟く。


「装備改造相談まで始まったぞ」


 リリエルは既に帳面を開いていた。


「旅装備合理化案――」


 さらさらと書き込み、次々に確認していく。


「携行食は粉末型へ統合。

 調理器具は折り畳み一式へ圧縮。

 衣服は重ね着方式で重量削減……」


「削減!?」


 護衛兵が思わず声を上げる。


 リリエルは真剣な表情のまま頷いた。


「旅装備は情報と同じです」


「……はい?」


「多すぎると、移動効率が下がります」


 彼女は穏やかに続ける。


「必要な物だけを選ぶことが、旅の質を上げます」


 護衛兵たちが、なぜか納得したように黙る。


 その時、別の露店から声がかかった。


「霊脈灯の修理部品、入ったぞ!」


 商人が小さな箱を掲げる。


 リリエルの視線が、そちらへ向く。


 箱の中には、小型の結晶部品が並んでいた。


「最近、灯の調子が悪いからな」


 商人が肩を竦める。


「交換部品はよく売れる」


 リリエルは部品を手に取り、光に透かす。


「交換頻度は増えていますか?」


「ここ半年くらいだな」


 さらりとした答えだった。


 だが、彼女の指先がわずかに止まる。


 帳面に、小さく書き込む。


 『霊脈灯部品 流通増加』


 すぐに帳面を閉じ、穏やかな笑顔に戻る。


 その横で、エルナが露店の風鈴を指で揺らしていた。


 澄んだ音が鳴る。


「……音、ちょっと違う」


「どう違います?」


「遠いところが……揺れてる」


 曖昧な言葉だった。


 だがリリエルは、静かに頷く。


「覚えておきます」


 市場の中央では、情報商が地図を広げていた。


「北街道、雨でぬかるんでるぞ!」


「南は安全だが、巡回が増えてる!」


 人々が集まり、情報を交換している。


 リリエルはその光景を見つめ、ふと呟いた。


「旅人は……歩く記録媒体ですね」


 護衛兵が首を傾げる。


「なんだそれ」


「情報を運び、更新し続ける存在です」


 市場を風が抜ける。


 布天幕が揺れ、香辛料の匂いが広がった。


 リリエルは改良した装備を確認し、満足そうに頷く。


「これで、移動効率は二割ほど改善できそうです」


「数字出すの!?」


「体感ではなく、記録したいので」


 あまりにも真面目な答えだった。


 護衛兵たちは、苦笑をこらえきれない。


 やがて市場を離れ、馬車が再び動き出す。


 荷物は軽くなり、配置も整えられていた。


 揺れは、わずかに穏やかになっている。


 リリエルは帳面を閉じ、静かに空を見上げた。


 旅は、景色だけではない。


 道具も、食も、情報も――


 すべてが文化だ。


 街道市は、旅人たちが作る小さな文明だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ