Scene9 「霊脈灯の異常」
夜の街道は、昼とは別の表情を見せていた。
空には薄雲が流れ、星々は時折その向こうに隠れる。街道沿いには一定間隔で霊脈灯が並び、淡い青白い光が道を縁取っていた。
馬車は速度を落とし、静かに進んでいる。
車輪が砕石を踏む音だけが、夜の静寂に溶けていく。
御者席の横には、簡易の提灯が揺れていた。
「夜間走行は霊脈灯頼りになりますからね」
御者が何気なく言う。
護衛兵が頷く。
「この灯が消えると、街道は本当に真っ暗になる」
リリエルは窓から外を見ていた。
灯は規則正しく並び、まるで道を導く星座のようだった。
帳面を開き、灯の配置間隔を確認する。
(間隔、均等……王都式管理規格に近い)
さらさらと書き込んだ、その時――
ふっ。
視界が、暗くなった。
霊脈灯が、一斉に消えた。
ほんの数秒。
だが街道は瞬時に、闇へ沈む。
馬が小さく嘶く。
護衛兵が反射的に手綱を支える。
「止まれ!」
御者が声を張りかけ――
次の瞬間。
灯が、元に戻った。
青白い光が再び街道を照らし、闇は何事もなかったかのように退いた。
沈黙。
そして、後方の馬車列から笑い声が漏れる。
「お、またか」
「最近ちょいちょいあるな」
巡礼者らしき男が、肩を竦める。
「古い灯は機嫌が悪いんだよ」
交易商が軽く笑う。
「叩けば直る時もあるぜ」
護衛兵が苦笑する。
「さすがに叩くのは勘弁してほしいがな」
街道には、すぐに普段の空気が戻っていた。
リリエルだけが、黙っていた。
帳面に視線を落とす。
指先が、静かに動く。
(消灯時間……約三秒)
彼女は続けて書き込む。
(周囲灯、同時消失)
さらに――
(復帰同期、完全一致)
ペンが、わずかに止まる。
(……自然故障では説明困難)
その時。
隣でエルナが、窓の外を見つめていた。
「……変」
「何がですか?」
「灯の音」
エルナは、遠くを見ている。
「ちょっと……遅れてる」
意味は説明されない。
だが、その言葉にリリエルは小さく頷いた。
「そうですね」
静かな声だった。
馬車は再び進み始める。
霊脈灯は、何事もなかったように規則正しく輝き続けている。
御者が軽く笑う。
「まあ、旅ってのは多少の不具合があるもんです」
護衛兵も同意する。
「完璧に動く街道なんて、王都くらいだ」
リリエルは微笑んだ。
「そうですね」
そう答えながら――
帳面の余白に、小さく追記する。
『霊脈同期周期 揺らぎ確認』
『局所故障ではなく、系統的現象の可能性』
そして最後に、さらに小さな文字で。
『観測継続』
帳面を閉じる。
窓の外では、灯が静かに続いている。
まるで何も起きていないように。
だがリリエルは、わずかに眉を寄せた。
旅は文化を運ぶ。
同時に――
異変もまた、道を伝って広がる。
その夜、街道は変わらず穏やかだった。
だが灯の奥で、何かが、ほんのわずかにずれ始めていた。




