第1アーク 「追放という最高の休暇」Scene1「断罪の大講堂」
王立アルシェンド学園――大講堂。
天井は王城の謁見室に匹敵する高さを誇り、幾重にも重なるアーチが荘厳な空間を形作っていた。壁面を覆う大理石には王家の紋章が彫刻され、歴代の英雄譚を描いた壁画が左右に並んでいる。
そして、正面を飾る巨大なステンドグラス。
そこには、王国を守護する聖光の女神が描かれていた。夕刻の光がガラスを透過し、赤や青の色彩が床へと降り注いでいる。
その光は、まるで裁きを象徴するかのように、講堂中央へと集まっていた。
――そこに、ひとりの少女が立たされている。
リリエル・フォン・アルシェンド。
公爵令嬢であり、王太子の元婚約者。
そして――この場の“被告人”。
豪奢な礼装は整えられている。だが、その立ち姿は微動だにせず、ただ前方を見据えていた。背筋は真っ直ぐで、視線は揺れない。
周囲の視線は冷たい。
講堂を囲む観客席には、王族、貴族、上級学生がずらりと並んでいる。囁き声が波紋のように広がっていた。
「ついにこの日が来たのね」
「傲慢な公爵令嬢も終わりだ」
「聖女様を敵に回すから――」
嘲笑と軽蔑が、空気に混じる。
壇上の最上段には王族席が設けられている。王太子と、その隣に控える聖女。そして、学園長をはじめとする王国高官たちが厳然と並んでいた。
さらにその背後。
漆黒の礼装を纏った集団が、静かに立っている。
王国監察局。
国家秩序と魔導インフラを管理する特務機関。王都において最も強い実務権限を持つ組織だった。
彼らは一切表情を動かさない。まるで儀式の記録装置のように、ただ断罪の場を見守っていた。
その無機質さが、講堂の空気を一層硬くしている。
司会役の官吏が一歩前へ進み出る。
「これより、王立学園規律及び王国貴族法に基づき、リリエル・フォン・アルシェンドの審問を開始する」
低く、よく通る声が講堂へ響いた。
観客席が静まり返る。
全ての視線が中央へと集中した。
リリエルは動かない。
長い金髪が、ステンドグラスの光を受けて淡く輝いている。その表情には恐怖も動揺も見えない。氷細工のように整った顔立ちは、感情を一切外へ漏らしていなかった。
沈黙が数秒続く。
やがて、壇上に立つ学園長がゆっくりと口を開いた。
「被告、リリエル・フォン・アルシェンド」
その名が呼ばれた瞬間――
講堂の空気が、わずかに張り詰めた。
リリエルの瞳が、ほんの一瞬だけ瞬いた。
だがそれは、誰にも気付かれないほど小さな変化だった。
彼女は静かに、学園長を見上げる。
堂々とした立ち姿は、まるで自らの運命を受け入れているかのようだった。
観客席の一角で、扇子が閉じる音が鳴る。
誰かが息を飲む。
この場にいる誰もが確信していた。
――これは裁きではない。
――処刑宣告に等しい。
王太子がゆっくりと立ち上がる。金糸を織り込んだ外套が、重々しく揺れた。
聖女がその隣で静かに祈りの姿勢を取る。
監察局の役人が、書記用の魔導板に指を滑らせる。淡い光が走り、記録が開始された。
王都は、秩序によって支えられている。
法。
身分。
規律。
魔導インフラ。
その全てを維持するため、逸脱は排除される。
そして今、この講堂は、その秩序を象徴する舞台だった。
静寂の中、罪状朗読が始まろうとしている。
リリエルは微動だにしない。
ただ、その視線だけが――
ほんのわずかに、講堂全体を見渡した。
王族席。
貴族席。
監察局。
儀式進行官。
整然と配置された衛兵。
完璧に管理された空間。
――式典としての完成度は極めて高い。
その評価は、まだ言語化されないまま、彼女の意識の奥底に微かに浮かび、すぐに沈んだ。
次の瞬間。
学園長が罪状朗読の巻物を広げる。
羊皮紙が擦れる音が、やけに大きく響いた。
「これより、被告の罪状を読み上げる――」
断罪の幕が、静かに上がった。




