Scene12 「追放という自由」
街道は、ゆるやかな丘陵を縫うように続いていた。
王都の石畳はすでに遠ざかり、馬車の車輪は素朴な土道を静かに転がっている。
窓を開けると、風が入り込んだ。
乾いた土の匂い。
遠くで焚かれる薪の煙。
草を踏みしめる動物の足音。
王都では感じなかった、混ざり合う生活の匂いだった。
リリエルは、少しだけ身を乗り出す。
街道の先に、別の馬車列が見えた。
装飾が派手な交易商隊。
荷馬を連れた巡礼者。
荷物を背負い、歌を口ずさむ若い旅人。
それぞれの速度で、それぞれの目的地へ進んでいる。
統一された行進ではない。
だが、不思議と調和していた。
エルナが窓の外を見つめながら呟く。
「……道が、にぎやかですね」
「ええ」
リリエルは微笑む。
「街道は文明の交差点ですから」
商人の笑い声が、風に乗って届く。
巡礼者が道端で祈りを捧げている。
旅人同士が地図を広げ、行き先を相談している。
そのすべてが、ひとつの文化のように見えた。
リリエルは記録帳を開く。
新しいページ。
――街道文化観察。
ペン先が、軽やかに走る。
――街道は単なる移動路ではない。
――情報交換、交易、信仰、物語が交差する社会空間。
書きながら、胸の奥がじんわりと温かくなる。
視線を外に戻す。
遠くの街道沿いに、霊脈灯が立っていた。
白く淡い光が、一定の間隔で並んでいる。
そのうちの一つが、ほんのわずかに揺らめいた。
気のせいかもしれないほどの、微かな乱れ。
リリエルは、静かにそれを観察する。
(王都の外でも……やっぱり不安定になる時があるんだ)
記録帳に、そっと追記する。
――街道霊脈灯、微弱な光量変動確認。
エルナが、その灯りをじっと見つめていた。
風が、彼女の銀髪をわずかに揺らす。
その横顔は、年相応の少女に見える瞬間と、どこか遠いものを見ている存在に見える瞬間が混ざっていた。
リリエルは、ふと視線を緩める。
(……不思議な子)
だが、どこか安心感があった。
同行者としての不安より、未知の資料が増えた時の期待に近い。
馬車は、小さな街道宿の前を通り過ぎる。
木造の建物。
煙突から立ち上る湯気。
入口には「巡礼者歓迎」と書かれた看板。
軒先では、旅人たちが椀を片手に笑い合っている。
リリエルは、ほんの少し目を細めた。
(宿文化……いい)
胸の奥で、何かがほどける。
かつての自分を思い出す。
終電の車内。
コンビニ弁当。
スマートフォン越しの旅行写真。
あの頃の自分は、いつも画面の向こう側に立っていた。
――行きたい場所リスト。
――保存フォルダ。
――読めなかった旅行雑誌。
すべてが、遠い過去のように感じられる。
リリエルは、静かに目を閉じた。
そして、ゆっくりと息を吐く。
(これは罰じゃない)
心の中で、はっきりと言葉にする。
(人生最大の休暇だ)
その言葉は、逃避ではなかった。
むしろ――再起動に近い感覚だった。
馬車は進み続ける。
街道は分岐を迎えた。
左は交易都市へ。
右は巡礼街道。
そして正面には、辺境へ続く長い道。
御者が振り返る。
「どちらの街道へ向かうかは、護衛隊の判断になります」
「そうですか」
リリエルは穏やかに頷いた。
分岐を見つめる。
どの道にも、物語がある。
どの道にも、文化がある。
どの道にも、まだ知らない出会いがある。
胸の奥に、静かな高揚が広がる。
記録帳を閉じる。
そして、窓の外へ視線を向けたまま、柔らかく呟く。
「さあ――」
風が、言葉をさらう。
「次はどこに行こう」
街道は、遥かな地平線へと続いていた。




