Scene10 「エルナとの出会い」
王城の外庭は、朝霧に包まれていた。
出発の馬車が、静かに待機している。
護衛騎士。
監察局の立会人。
そして、最小限の従者。
追放という言葉にふさわしく、簡素な行列だった。
リリエルは、旅装の外套を整えながら馬車へ歩く。
王都の空気は、まだ冷たい。
だが、その冷たささえ、どこか新鮮に感じられた。
護衛騎士が形式的に告げる。
「これより、辺境送致任務を開始する」
「承知いたしました」
リリエルが頷いた、その時だった。
「……その方も、同行いたします」
監察局の役人が、後方を指差す。
リリエルが視線を向ける。
そこに――
一人の少女が立っていた。
年は、十代半ばほど。
淡い銀色の髪。
透き通るような瞳。
装飾のない簡素な衣服。
まるで、王都の華やかさとは別世界の存在のようだった。
少女は、静かに頭を下げる。
「エルナと申します」
声は、小さく澄んでいた。
監察局役人が淡々と説明する。
「身元不詳者だ。王都郊外で保護された」
「……私の同行理由は?」
「霊脈感応の可能性が確認されている」
その単語に、リリエルの意識がわずかに反応する。
――霊脈。
文明の根幹を流れる見えない力。
監察局役人は続ける。
「辺境調査任務に付随し、観察対象として同行させる」
つまり。
管理付き同乗者。
リリエルは、少女を改めて見る。
エルナは、じっと地面を見つめていた。
怯えているわけではない。
ただ、世界の音を聴いているような――そんな静けさだった。
京子の思考が、静かに整理される。
(同行者追加)
そして、ほぼ反射的に。
(取材対象増加)
ほんのわずかに、目が輝く。
だが、表情はあくまで上品な微笑を保ったまま。
「よろしくお願いします、エルナ」
エルナが、ゆっくり顔を上げる。
その瞬間――
空気が、微かに揺れた。
誰も気付かないほどの変化。
だが。
馬車の側に設置された街道用霊脈灯が、一瞬だけ明滅する。
護衛騎士が首を傾げる。
「……不具合か?」
監察局役人は、気にも留めない様子で記録板に何かを書き込んだ。
リリエルだけが、その光景を見ていた。
エルナは、小さく呟く。
「……この道、少しだけ……ざわついています」
「道が?」
「はい……流れが、揺れているみたい」
その言葉は、あまりにも自然だった。
まるで、風の匂いを語るように。
リリエルは、静かに微笑む。
「それは、頼もしいですね」
エルナが、少しだけ目を丸くする。
恐怖や疑念ではなく、受け入れられたことへの小さな驚きだった。
京子は、内心でメモを取る。
(霊脈感応型同行者)
(現地文化調査の重要キーになる可能性大)
そして、ふと思う。
(……旅、面白くなりそう)
護衛騎士が声を張る。
「出発する!」
御者が手綱を鳴らす。
馬車が、ゆっくりと動き始めた。
王城の門が、背後で閉じていく。
石畳の振動が、足元から伝わる。
エルナは、窓の外を見つめていた。
リリエルは、記録帳を開く。
新しいページに、最初の同行者名を書く。
――エルナ。
その文字を書いた瞬間。
馬車の外で、再び霊脈灯がわずかに揺れる。
今度は、ほんの少し長く。
誰にも気付かれないまま。
だが、確かに――
何かが動き始めていた。
リリエルは、窓の外へ視線を向ける。
王都の門は、もう遠い。
街道は、まだ続いている。
未知の文化。
知らない土地。
そして、新しい出会い。
彼女は、静かに思う。
(同行者一名追加)
そして。
(旅の可能性、無限大)
馬車は、朝霧の中へ進んでいった。




