二等兵 アデル6
「お言葉ですが大佐殿。私はあなたの副官であり護衛。これのお世話係になった覚えはありませんが?」
「じゃあ今任命ね。車は私が呼んでおくから」
《クソが》
舌打ちをしたルビアは作戦指揮所を苛立たしげに出ていく。
「わざわざ帝国語で悪態を吐くなんて酷いだろう? お互いに帝国語を話せるって知っているのに。優秀ではあるんだけど性格が難でね」
やれやれとした表情のマスクド。
アデルは彼から恐ろしい雰囲気が消えていたことに気付いた。
むしろ気さくで優しい雰囲気が漂う。
「ルビアと一緒に一度君の天幕に戻りなさい。彼女が睨みを利かせていれば、誰も君に近づけやしないよ
「は、はい」
マスクドの指示。
離れて身支度をしなければならない。
「……アデル?」
だけどアデルはマスクドから離れたがたかった。
もうマスクドの腕の中が自分の棲家のように思っていた。
「アデル。懐いてくれるのは嬉しいんだけど。このままだとルビアの雷が落ちちゃうよ」
「あ、す、すみません」
ルビアの怒りを買うよりもマスクドを困らせる方がアデルは嫌だった。
マスクドの腕から離れて自分の天幕に駆け出す。
「あ、ルビア大尉」
「お前に名前で呼ばれる筋合いはない。馴れ馴れしいぞ」
合流したルビアに冷ややかな視線を浴びせられる。
「し、失礼致しました大尉!」
マスクドがアデルとルビアを名前で呼んでいたので、アデルも思わずルビアを名前で呼んでしまった。
彼女の言う通り親しくもない、しかも上官に向かって名前呼びなど失礼過ぎた。
「ルビア・ガードナーだ。よく覚えておけ、ヴィグナ二等兵」
「は! ガードナー大尉!」
背筋を伸ばして敬礼する。
彼女に失礼なことをしたら消されるとアデルは頭に擦り込んだ。
自分は親鳥に付き従う雛鳥だと。
「さっさと支度しろ。もうここには戻って来ることはない。忘れ物をしても取りに来ないからな」
「承知しました」
アデルは天幕に飛び込む。
天幕の中には仲間の隊員はおろか、ゴードンも居なかった。
別の任務に呼ばれたか、もしくはルビアが人払いをしたかは定かではない。
どちらにしろアデルには都合が良かった。
あの後にゴードンたちと顔なんて合わせたくないから。
アデルは自分に与えられた背嚢に下着や日用品を詰めていく。
そしてライフルを肩紐で担ぐ。
「お待たせしました、ガードナー大尉」
「荷物はそれだけか?」
「はい。元より自分の物はありませんので」
「……そうか」
詮索をせずにルビアはアデルに背を向ける。
今のアデルにはそれが優しく感じた。
「行くぞ。大佐殿を待たせている」
「はい」
ルビアの背を追うようにアデルは三歩後ろに続く。
顔見知りと何人もすれ違うが、誰もアデルに声を掛けない。
それよりも前を進むルビアに背筋を伸ばして敬礼する。
「あ、来た来た」
車を手配していたマスクドが二人に手を振る。
隣にはマスクドと同じ士官服の女性。
年齢はアデルよりは年上、ルビアと同じぐらいに見える。
「お待たせしました、大佐殿」
「お待たせ、しました」
「きゃあああ! 可愛い〜!」
「ひゃあ!?」
士官の女性がアデルに抱き着く。
アデルは驚きに身を固める。
女性に抱き締められたのなんて戦前の母親との抱擁以来。
「少尉。いきなり抱き着いては二等兵が驚く。お前の過剰なスキンシップは普段から控えろと」
「はいはい。本当に大尉殿は口うるさいんだから」
少尉と呼ばれたか女性はアデルを解放する。
「アデル・ヴィグナ二等兵。私はマネリ・ミレーチェ少尉です。よろしくね!」
ルビアとは違って明るく気さくなマネリに握手を求められてアデルは戸惑いながらも握り返す。
「挨拶はそのぐらいにしろ、少尉。私たちは次の任務がある」
「はいはい。本当に口うるさい」
《口を慎めビッチ》
[ムッツリ処女]
「私が王国語が分からなくても、お前が私を侮辱したのは分かるぞ?」
「ほらほら! 運転しますから早く乗ってくださいね〜」
マネリが笑みを崩さずに運転席へ。
アデルは隣のルビアから発せられる怒りのオーラに震えるしかない。
「ああ見えても仲良しだから大丈夫さ!」
あはは! と笑うマスクド。
彼は動けないでいたアデルに手を差し伸べる。
「ようこそアデル。私たちの部隊へ。連邦軍勝利のために歓迎するよ」
「あ、ありがとうございます」
二人は後部座席へ。
ルビアも助手席へ乗り込む。
「目的地は予定通りで良いですか〜?」
「ああ。私たちの家に帰ろう」
マスクドの手がアデルに伸びる。
「ここから四時間のドライブだ。今のうちに休んでおきなさい」
「……はい」
優しく髪を梳かされてアデルの瞼が重たくなる。
今までも男に守られて生きてきた。
だがマスクドから得られる保護者のような、絶対的にも得られる優しさにアデルは安堵して意識を手放した。




