二等兵 アデル5
その二人の姿にマスクドは笑みを崩さない。
「そうだよね。連邦軍は女性も採用しているとはいえ、ほとんどが内地や基地の勤務だ。アデルのように前線勤務の女性は少ないだろう。この駐屯地も男所帯だ。女性としては不安が募る。それをゴードンは気にかけて守ってくれているんだね」
「その通りであります!」
我が意を得たりでも言いたげにゴードンは胸を張る。
「そうだよね。他の駐屯地に視察に行ったときは、女性兵士を娼婦のように扱っている部隊も居たからね。前線は肉体的にも精神的にも辛く、それを発散するために女性を求めるのも分かるよ。私も男だからね。それに配慮して駐屯地付きで娼婦を雇っているところもある。うんうん。仕方ないよね」
コクンとマスクドの首が傾げられる。
「だけど、まさか同じ戦場で戦う女性兵士を娼婦にしてないよね? もししているならば他の部隊のように私は罰しなくてはいけないんだが」
「け、決してそのようなことはありません! だよなアデル!」
ゴードンの上擦った声。
マスクドの視線はアデルへ注がれる。
《真実を話して。じゃないと虚偽の報告で君にも罰を与えなくちゃならないよ?》
「っ!?」
呼吸を奪われたかのようにヒュっと声が出る。
アデルはゴードンを庇うつもりだった。
身体を求められて暴力を振るわれていたとしても、実際に彼女はゴードンに何度も戦場で救われていたから。
だが、その彼さえも恐れるマスクドの命令に逆らってまで庇うことなど出来ない。
《せ、戦場での命を保証してもらう代わりに身体を》
それは誰にも伝えられなかった真実。
それを吐き出した瞬間、アデルの目から涙が溢れた。
「あ、あれ。涙が」
恥ずかしさなんてもう感じないとアデルは思っていた。
「ちが、違うんです……」
それがマスクドに伝えることで徐々に戻って来ていた。
「み、見ないでくださ……」
アデルの中で暴行を受けた記憶がフラッシュバックする。
自分の犯されて穢された尊厳を見られている。
「いや。いやああああああ!?」
アデルはもう耐えきれなかった。
ずっとずっと抑え込んできた痛みや苦しみがアデルの心にヒビを入れていく。
そしてアデルの心はーー
「っ!?」
アデルの悲鳴が止まる。
強く、強く抱き締められた。
「大丈夫だよ。もう誰にも君の尊厳を傷つけさせない」
ゴードンとは違った細身の身体。
だけど確かにアデルを守るようにマスクドの胸板と腕はアデルを包み込んだ。
「ゴードン。今までアデルを守ってくれてありがとうね。今からアデルは私の部隊で預かるから安心して良いよ」
「そ、それはどういう?」
「っ!?」
マスクドに抱き締められて二人の表情が見えないアデルだが、背筋が凍った。
「分からないかな〜? 今までのことを不問にするって言っているんだよ。それとも君もうちに来るかい?」
「そ、それだけは勘弁してくださいっ!?」
「だったら退室しろ」
「はっ!」
ドタドタとゴードンが作戦指揮所を出ていく。
二人だけの静かな空間に変わる。
「今までいっぱい我慢したんだね。よしよし」
マスクドの手が頭に触れて、アデルの身体がびくりと跳ねる。
だがそれは一度だけで、徐々にマスクドの香りに心が落ち着いていく。
「マスクド大佐殿。いらっしゃいますか?」
「ああ! ルビア大尉。入って良いよ」
「失礼致します」
マスクドの許可を得て作戦指揮所に入って来たのは、マスクドと同じ黒い士官服をきっちり着込んだ女性士官だった。
「……大佐殿。まさか部下の私にセクハラの現場を見せるために許可をしたんですか?」
マスクドの部下である女性士官のルビアはマスクドがアデルを胸に抱き締めている姿を冷めた表情で見つめる。
「相変わらずルビアは怖いな〜。この子が話をしてた期待の新人だよ」
その言葉にピクリとアデルが動いた。
顔をあげると、マスクドが安心させるようにニッコリ。
「この子がですか?」
「っ!?」
マスクドの隣でルビアがアデルを値踏みする。
「ずいぶん若いですね。これが使えるのですか?」
「原石だよ。《この子はルビア大尉。私の副官兼護衛だ。挨拶して》」
一度躊躇うが、アデルはもうマスクドに身を委ねるしかない。
《……初めまして。アデル・ヴィグナ二等兵です》
帝国語での自己紹介。
ルビアは目を細める。
《ヴィグナ二等兵。帝国語は何処で習得した?》
《実家が国境線付近で薬草園を営んでいたんです。それで帝国のお客様も居たので自然に》
「……なるほど」
「ね! すごく流暢でしょ? 報告書通りだ」
自らの思った通りに帝国語を話すアデルにマスクドは上機嫌。
アデルもマスクドの期待に添えて胸を撫で下ろす。
「ですが使えるかどうかは別です。これに私たちの任務をこなせるとは思いません」
だが、ルビアの評価はまだ低い。
「やってみなくちゃ分からないよ。誰だって初めてなんだから」
「これが人間を壊せると?」
「っ!?」
ルビアの言葉にアデルは凍りつく。
「彼女の経歴は報告書で知ってるよね? 弱い子ほど、人間を壊すのは慣れてるよ。心の脆さを知ってるからね。それにこんな流暢に帝国語を話せる女性を逃すわけにはいかない」
「何時間もかけて来る意味があったと」
納得したルビアは敬礼する。
「車を呼んでおきます。大佐殿はそれに身支度をさせておいてください」
「いや。女性の支度だからね。ルビア、君が付き添ってあげてくれ」
「はあ?」
冷徹な瞳がアデルを貫いた。




