二等兵 アデル2
痛み。
何度も腹に痛みが生じる。
「おい。いつまで寝ているんだ。とっとと起きろ」
「……はい」
地面に横たわっていたアデルは目を覚ます。
空腹でふらつく身体で立ち上がり、胸に抱えていたライフルの紐を肩に掛け直す。
アデルがまず確認するのは自分が五体満足で生きていることだ。
いつ死ぬのか分からない戦場。
帝国軍に捕縛されてから紆余曲折を得て、アデルは連邦軍の前線にいた。
「顔色悪いぞ。これでも食え」
同じ部隊の仲間からレーションの菓子を渡される。
「ありがとう、ございます」
アデルは包装を破って菓子を齧る。
かつて母が作ってくれたような砂糖が振りかけられた甘い豆菓子と違って、甘みなんてないもさっとした棒状の菓子を歯で砕いていく。
「うぐっ」
細かく砕いて咀嚼してというのにアデルは喉を詰まらせた。
急いで水筒の水を呷る。
「ごほっ! ごほっ!」
「静かに食事も出来ないのか?」
アデルの部隊の隊長がアデルを睨みつける。
「す、すみません」
萎縮するアデル。
この部隊で隊長に逆らえる者はいない。
アデルは口を拭い、余った菓子をポケットに押し込む。
「気にするな。女にしてはよくやってる」
仲間に背を叩かれて、アデルは薄く笑う。
アデルはそうやってなんとか愛想を振り撒いた。
じゃないと部隊でただ一人の女の自分はすぐに落伍するから。
「あそこだ」
隊長が部隊を止めて、先を指差す。
その先には古びた教会。
広場には高射砲が二門とそれを守る帝国軍は複数人。
あれを制圧すれば、このあたりの制空権が連邦軍に傾く。
そして隊長の指示で作戦は開始された。
アデルも無我夢中でライフルの引き金を引いた。
決して当たらなくても良かった。
部隊の仲間からはそこまで信用されていない。
誰かに向くはずだった銃口を代わりに向けられれば良いという扱いだった。
「は、あ、あ、は、あ」
戦闘中のアデルはいつも呼吸を上手く出来なかった。
ヘルメットと軍服の下は恐怖の汗をかき、手を震えている。
アデルはいつもそうだった。
初めの場所から一歩も動けず、気付けば戦闘は終わっていた。
「本当に使えないな」
震える手をぎゅっと握りしめるアデル。
隊長はそんな彼女を冷たい目で見下ろす。
「報告しろ!」
隊長はアデルから視線を切って状況を確認。
軽傷者は居たが、部隊は無事に教会を制圧していた。
「隊長! 一人隠れてました!」
教会から帝国軍の兵士が引きづられてくる。
何かを喚いているが、帝国語では獣が呻いているようにしか聞こえなかった。
「そいつは生かしておけ。アデル」
「は、はい!」
肩を跳ねあげたアデル。
彼女の前に捕まった帝国軍の兵士が転がされる。
「通訳しろ。ここの他に帝国軍の拠点はあるのか」
「……わかりました」
アデルが前線にいる理由のひとつが連邦、帝国語どちらも話せることだった。
《落ち着いてください。私はアデル。あなたは?》
《っ!?》
アデルが帝国語で話しかけたので帝国兵士は目を丸くする。
まだ年若い男性。
アデルと同じぐらいの少年と呼んでもおかしくない兵士だった。
《あなたは国際法に則り捕虜になりました。武装を解いた、あなたを殺しません。私はアデルです。あなたは?》
《……ライドです。本当に殺されないのですか?》
《はい。一時的に捕虜として拘束はしないといけませんが、戦争が終われば帰します》
「いつまでかかっている!? 早く帝国軍の拠点を吐かせろ!」
隊長の苛立ち。
アデルたちが何を話しているかも分からないから、より酷い。
《この辺りに、あなたの仲間の拠点はありますか?》
《……教えたら、あなたたちは仲間を殺しに行くだろう?》
《……》
アデルは何も言えない。
目の前の帝国兵士の言葉は誰だって思うことだし、そうするためにアデルたちの部隊は動いている。
《仲間を売れない。たとえ捕虜にされて拷問されてもな!》
それはもはやアデルだけではなく、周りのアデルの仲間にまで吼えた。
言葉は通じなくても、隊員たちは苛立ち、眉を顰める。
「そんなに死にたいのか? 良いぜ? 殺してやるよ!」
隊員の一人がライフルを帝国兵士のこめかみに突きつける。
アデルは青ざめる。
自分の通訳が失敗して目の前の帝国兵士が殺されてしまうと。
《ああ! 殺せよ!》
帝国兵士も激昂して帝国語で返す。
もうアデルには止められない。
「落ち着け」
ただ一人、隊長だけは低い声を出した。
周りの隊員たちを怒るような声音。
銃口を突きつけていた隊員もゆっくりとライフルを下ろす。
「あとは尋問官殿たちの仕事だ。この教会は他の部隊に引き渡して基地に戻るぞ。連れて行け」
帝国兵士は二人の仲間に拘束されて連れて行かれる。
「無能が」
静かな、蔑んだ隊長の声。
「申し訳、ありません」
アデルは俯いて謝ることしか出来なかった。




