二等兵 アデル
連邦の端。
特産品も観光地もない小さな村。
そこの人口は五十人ほどしかおらず、時間の流れもゆっくりで、よく言えば長閑だが、悪くいえば面白みもない土地。
「ふう」
そんな村の畑でアデルは額の汗を手の甲で拭っていた。
彼女は曲げ続けていた腰に両手を当てて、グッと伸ばす。
固まってしまった腰の骨や筋が解れていく。
「アデル! 休憩にするよ〜!」
「はーい!」
少女アデルは母に呼ばれて腰のエプロンで手の土を払い落とす。
「こら。土に触ったなら手を洗ってきなさい」
「えー。面倒だよ」
「すぐそこに井戸があるでしょ? 手を洗うまでお菓子は禁止」
「ちぇー。はいはい。分かりましたよ〜」
渋々といった様子でアデルは井戸から水を汲んで手を洗う。
「これで良い?」
「顔にも土がついてるわよ?」
「それ先に言ってよ〜」
また井戸に戻り、今度は顔を洗う。
「はい、タオル」
「おっと」
投げ渡されたタオルでアデルは顔を拭く。
そうでないとアデルは土で汚れたエプロンで顔を拭きかねないからだ。
「いただきまーす」
アデルは豆を炒って砂糖をまぶした菓子を口に入れる。
小さな村のアデルにとって、ケーキなどは簡単に食べられるものじゃない。
この甘い豆菓子が彼女にとってのお菓子だ。
それに貴重な砂糖を使ってくれているから文句はない。
「行儀悪いわね。ちゃんと椅子に座りなさい」
「はいはい」
アデルは母と同じく椅子に座って菓子をボリボリと食べていく。
そしてお茶を啜る。
「畑はどう?」
「うーん。一ヶ月後には収穫出来るかな。今年はあったかいし」
「じゃあ今あるのは加工して良いわね」
「そうだね〜。じゃあこのあとはそっちをやろうか」
アデルは手の砂糖を舐めて立ち上がる。
「ごちそうさま〜」
「もう食べたの!? 本当に食いしん坊なんだから」
呆れるアデルの母。
アデル自身も分かっていた。
村の他の女の子からしたら可愛げがないと。
でも良いと思っていた。
だってーー
「おーい! アデル〜!」
アデルの畑の先で手を振る少年。
「ルディ! 帰って来てたのね!」
アデルは畑を超えて走り出す。
そしてルディの胸に飛び込む。
「お帰りなさい! 今回は早かったのね!」
「ああ、おじさんにお願いして先に帰って来たんだ」
「お父さんに?」
アデルの父は都市の方に出稼ぎに出ており、幼馴染のルディも一緒に働きに行っていたのだ。
「うん。だってーー」
「おい!?」
二人を遮るように男が向かってくる。
男は村の顔見知りだった。
その表情は息を切らせて真っ赤になっている。
「何かあったんですか?」
尋常じゃない様子にアデルは強張った表情で訊く。
「ラジオを聞いてないのか!? 今、帝国が俺たちの連邦に宣戦布告したって! 今すぐ荷物をまとめて東に逃げるんだ!」
「あっ!」
男は来たときと同じく走り去っていく。
「アデル! 急いで荷物をまとめるんだ! おばさんにも! 伝えなきゃ!」
「う、うん!」
二人は畑から駆け足で家に。
「アデルっ!」
「お母さん! 帝国がっ!?」
「分かってるわ。二人は貴重品だけを持って逃げなさい」
「お母さんは?」
「隣のおばあちゃんと一緒に逃げるわ」
「だったら私も!?」
「良いから逃げなさい! ルディ、アデルを頼んだわ!」
「お母さんっ!」
「アデル急ぐんだ!」
飛び出す母を追うことが出来ず、アデルはルディに急かされるように貴重品を集める。
「っ!?」
遠くで銃声。
こんなときに森で猟をする村人なんて居ない。
「もう来たのか!? アデル! もう出るぞ!」
ルディに手を引かれて村を飛び出す。
他の村人たちも馬や荷車に荷物を載せて逃げている。
「っ!?」
アデルは見た。
森の奥から連邦ではない軍服の人間たちが現れた。
一人二人じゃない。
もはや無数とも呼べる兵隊だ。
森は国境線上に位置している。
帝国が連邦領へ侵攻して来たのは明らかだった。
「あいつら。宣戦布告する前から国境線に居たんだ。じゃないとこんなに早く森を抜けられるわけない!」
ルディの愚痴るような言葉。
だけどアデルはまだ村に居るであろう母の安否で頭がいっぱいだった。
「国境警備隊の基地まで逃げよう。そこなら助けてくれる」
「あっ!?」
村から遅れてアデルの母が出て来た。
隣には隣の家のおばあさん。
腰が曲がっているおばあさんの足は遅く、このままでは追いつかれてしまう。
「お母さん!」
「おい! 行くな、アデル!」
アデルは逃げる村人たちを押し退けて逆行する。
「お母さん!」
「アデル!? 逃げなさいって言ったでしょ!」
「このままじゃ追いつかれちゃうよ! おばあちゃん、私に乗って!」
「アデル!」
アデルはおばあさんを背に背負う。
少女には老婆一人でも重い。
だけど母はこのおばあさんをおいてはいかないだろう。
だったら背負って逃げるしかなかった。
「アデル!」
アデルが顔をあげると、ルディが駆けていた。
「ルディ、その銃は?」
「猟銃を借りたんだ。民間人は保護されるなんて言われてるけど、信じられるか!」
「だけど攻撃なんてしたら殺されちゃうよ!?」
民間人であっても武装していれば敵兵扱いだし、正式な軍人じゃないから捕虜にもならない可能性だってある。
軍に詳しくないアデルでも察していた。
抵抗なんてしてしまえば命はない。
だけど逃げられなければ、帝国軍に何をされるか分からない。
「アデル。必ず守るから」
「っ!」
強く抱き締められる。
そして温もりが離れていく。
「ルディ! 急げ! 帝国軍が村に入ったぞ!」
数人の村の男たちが猟銃を手に村に向かっていく。
「ルディ……」
アデルはもはやルディの背中を見送ることしか出来なかった。
「伏せろ!?」
「えっ」
ズダダダダダンッ
誰かの叫びとアデルから発せられた声。
気付けば誰かに突き飛ばされていた。
「いっつ」
アデルはうつ伏せで倒れていた。
隣では背負っていたおばあさんが呻いている。
アデルは肘を立てて身体を起こす。
いきなりのことで状況を把握出来ていなかった。
だが、顔をあげると理解した。
「お、かあ、さん……?」
道で倒れるアデルの母。
うつ伏せに倒れる母の目は遠くを見ていた。
そして地面には赤い液体が広がっていく。
「ああ、あああ……!?」
顔を覆う。
現実を拒む。
「うわあああん!」
泣き声はアデルのものじゃない。
だけどアデルには分かっていた。
自分の他にもさっきまで一緒に逃げていた家族を一瞬にして殺された人が近くに居るんだと。
そして帝国軍は民間人を無差別に殺したのだと。
「逃げ、なきゃ」
母の亡骸から顔を逸らす。
おばあさんも、泣いている子も、昨日まで一緒に生きて来た知り合いの村人たちも。
アデルは全員に構うことなく基地に向かって歩いた。
「……あっ」
いつの間にかアデルの背後には帝国軍の男。
男はライフルを振りかぶった。




