二等兵 アデル9
マネリはアデルに基地の説明をしていく。
「ここは前線から約100キロ地点の連邦軍保安局管轄の部隊が所属している基地。正式名称は連邦軍保安局付き第十五大隊。私たちはそのうちの諜報を担当してるの」
「保安局って。政治将校の方たちの?」
「違う違う! あんな頭でっかちのお堅い連中とは別だよ。こっちは正規軍、あっちは政党の狗。まあ、役割が似てるからよく間違われるけどね」
「そ、そうですか」
アデルはホッと胸を撫で下ろす。
前線に居た頃のアデルは同じ部隊の隊長やゴードンたちだけではなく、政治将校というものにも怯えていた。
弱音を吐こうものなら思想を疑われて危うく捕縛されそうになるし、逃げようとすれば督戦隊として銃殺されそうにもなった。
同じく祖国を守る人間だとはアデルは思えなかった。
「それで他にも部署があってね」
マネリの説明は続く。
・諜報課ーーアデルたちの所属する部署。名前の通り国内外での諜報活動を主とする。
・戦闘課ーー200名ほどの戦闘を専門にした中隊。平時は基地の防衛を主とする。
・衛生課ーー二人の軍医と20名ほどの衛生兵がおり、味方の傷病治療と衛生管理を主とする。
・主計課ーー大隊の資産、被服、食事などの生活面の管理を主とする。
「マスクド大佐殿はこの四つの課を統括する偉い人! どう? 分かった?」
「は、は〜。大佐殿って凄いんですね」
とは言いながらも新米二等兵のアデルには大隊とか部署とか言われてもちんぷんかんぷん。
ただ自分の恩人であるマスクドが凄いということだけをインプットしておく。
「あの。私が所属する諜報課って具体的には何をするんですか?」
アデルの純粋な質問。
今まで震えながらライフルを撃っていた仕事からだいぶ離れている役目に小首を傾げる。
「基本的には敵から情報を得て仲間に作戦として活かしてもらうことかな? 職場に行ってみる?」
「あ、はい!」
新しい職場。
マスクドのために働けるとアデルの胸が高鳴る。
二人は建屋を出て一度外に出る。
「…………」
アデルは外の世界に立ち止まる。
コンクリートの軍事施設から出た彼女が見たのは緑豊かな山々。
それと人工的に切り揃えられて積まれた石の遺跡。
「なんだかんだ不思議な場所ですね。物語の世界みたいです」
「ここは元々帝政時代のお城だったらしいよ。先の大戦時に現代戦に対応出来るようにコンクリートとかで改修したんだって。その辺に転がってるのは、それの名残り」
城砦の瓦礫を見てアデルはまるで自分が中世時代に迷い込んでしまったかのように錯覚する。
「今は観光してる暇ないよ〜」
「す、すみません!」
先を進んでいたマネリに呼ばれてアデルは駆け足でついていく。
数分もしないうちに、またコンクリートの建屋がアデルの目の前に広がる。
「お疲れ様〜」
「お疲れ様です! ミレーチェ少尉殿!」
「お疲れ様です!」
建屋の出入り口をライフルを構えた二人の兵士が守備する。
「今日からこの子も諜報課として働くからよろしくね」
「「はっ!」」
「よ、よろしくお願いします! アデル・ヴィクナ二等兵です」
アデルも敬礼を返す。
「へえ。若い女の子だ。可愛いね」
「年いくつ? よくうちに来たね」
さっきまでしっかりと敬礼をしていたというのに、アデルの自己紹介に二人の兵士は頬を緩める。
「はいはーい。勤務中ですからね〜」
ナンパを無視したマネリに背を押されてアデルは建屋に中へ。
「アデルちゃーん! 今度一緒に飯食おうね〜」
「は、はいっ!」
「ああいうのには返事しないの。襲われても知らないよ?」
「わ、分かりました」
マスクドを基準に考えてはいけないとアデルは心に刻む。
男が全員マスクドのように紳士とは限らない。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です、少尉殿!」
受付のようなカウンター席に着いていた兵士が立ち上がり、マネリに敬礼を返す。
「入室したいので手続きをお願いして良い?」
「もちろんです! こちらにサインをお願いします!」
慣れた手つきでマネリは出された紙にサインをしていく。
「確認しました。こちらへどうぞ」
受付の兵士は立ち上がる。
冷たく窓もないコンクリートの廊下。
天井の電球だけが唯一の光源だ。
「まるで地下壕みたいですね」
「まあ元は地下牢だったのを改修したらしいからね。これも帝政時代の名残り」
「えっ」
アデルの目に飛び込んできたのは鉄柵の扉。
「ここは営倉か何かですか?」
受付の兵士が鍵を差し込んでガチャリと鍵を回す。
「少尉。その子は何も知らないのですか?」
「うん! 今日から入った新人だよ! そして今は新人教育中〜」
受付の兵士の瞳がアデルに向く。
彼女を憐れむような瞳だ。
あああああああっ!
「っ!?」
コンクリートを震わせるほどの男の悲鳴。
アデルは驚きと恐怖で身体を硬くする。
「マ、マネリ少尉!? 今のは!? まさか敵がっ!?」
「よく分かったね」
ニッコリと微笑むマネリ。
その言葉にアデルは凍りつく。
どうして前線から離れている内地に敵兵が居るのかと。
「大丈夫大丈夫。敵だって言っても害はないから」
俺は知らないっ!
神様神様神様神様神様
指がーー俺の指が!?
痛い痛い痛い痛い
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい
悲鳴だけではない。
断末魔や赦しを乞う懺悔までもが鉄柵の奥から聞こえだす。
「ちょうど盛りあがってるね〜」
恐るどころか楽しげに笑うマネリ。
それがアデルの恐怖を加速させる。
「ほら、行くよ〜」
「少尉っ!?」
手を引かれてアデルは断末魔に向かっていく。
ご武運を、と受付の兵士が鉄柵の扉に鍵をかける。
もう二人は容易く出ることが出来なくなった。
アデルはマネリを拒もうとも恐怖で硬くなった身体は容易く引っ張られる。




