二等兵 アデル8
続いて二人が向かったのは執務室。
マネリは扉をノックする。
「マスクド大佐殿。マネリ少尉です。アデル二等兵をお連れしました〜」
「入れ」
入室許可にマネリは扉を開ける。
出迎えたのはルビア大尉とーー
「やあ。おはよう二人とも」
主人であるマスクドだった。
マスクドは入室して来た二人に笑いかける。
「おはようございます、大佐殿、大尉殿」
「おはようございます」
笑顔で返すマネリ。
対してアデルは緊張と、自分を連れ出してくれた恩人に胸が高鳴っていた。
「少しは顔色が良くなったね」
「あ、はい」
「カレーを超大盛りで食べたもんね〜。パンもしっかりと!」
「少尉っ!」
アデルは恥ずかしさで声をあげていた。
目の前の男性だけには知られたくなかったと。
「それは何より。しばらくは療養に努めなさい。マネリ。アデルの教育係を任せる」
「えー。私で良いんですか〜? アデルちゃん可愛いから食べちゃうかもですよ?」
「たべっ!?」
ぎゅっと抱き締められてアデルの肩は跳ね上がる。
まさか同性からそんな目で見られると思っていなかったからだ。
「アデルを穢さない範囲で教育をしてくれ。分かったね?」
「はーい」
渋々といった表情。
冗談ではなかったことにアデルはさらに凍りつく。
「アデル。ここでは前線とは違う過酷な任務を君に与える。もしかしたら耐えられなくなって心を壊すかもしれない。そうなる前にマネリ少尉を頼るように。良いね?」
「は、はい! お心遣いありがとうございます!」
「よし。では退室をしてよし」
二人はマスクドに敬礼をして執務室を出る。
「マネリを教育係なんて正気ですか?」
ルビアは目を細める。
「何か不満でも?」
「あれは人を壊すのは得意でも育てられるとは思えません。実際に配属された新人が二人精神を病んで後方送りになったではないですか」
「それはその二人がマネリをナンパしたからでしょ? 彼女はああ見えて誠実な人間がタイプなんだよ」
「……恋愛観の話をしてはいません。あんな怯えている新米に嬉々としておかしなことを教えないかが心配なだけです」
「でもおかしいからマネリはここではエースだ。すぐに階級が追い抜かれるかもよ?」
マスクドは自らの肩の階級章を指で叩く。
「ミレーチェ少尉が大尉になる頃には捕虜は全員土の下ですよ。戦後のことを考えたくもないです」
「戦後を考えるなんて夢があるね! さすが軍大学のエリート!」
「チッ」
マスクドの皮肉にわざとらしい舌打ち。
「あの〜。上官の前で舌打ちは〜ちょっと〜」
「申し訳ありません。本音を抑えていたら思わず出ました」
「あはは! 真面目な顔をして酷いや!」
「それよりも急ぎ次の作戦の確認をしてください」
「分かってるさ。祖国のため、だろ?」
「分かっているなら結構です」
そう言ってルビアはドアノブに手をかける。
「何処に行くの?」
「ミレーチェ少尉の監視です。それでは」
ルビアも退出する。
「なんだかんだ言いながら面倒見が良いんだよね、ルビアって」
微笑ましく思いながらマスクドは目の前の資料に目を落とす。
帝国が連邦を侵略して早一年。
帝国の進撃速度は連邦の予測を遥かに上回り、開戦から半年で連邦第二の首都と言われる工業都市を包囲、そして制圧。
次は連邦首都か、と思われていたが、天は連邦を味方した。
連邦首都への進軍を開始した帝国軍だったが、予想よりも早い冬の到来が帝国軍を襲った。
雪は視界を塞ぎ、足回りを鈍重にし、兵士たちの体温と戦意を下げていった。
後に電撃戦と呼ばれた高速の機動戦は連邦を圧倒はしていたが、兵站の問題を半ば考慮していなかったのだ。
冬装備が充足していなかった前線の帝国軍兵士たちは凍傷に悩み、戦車や歩兵輸送車はエンジンが凍結して冷たいだけの鉄の箱になった。
対して冬の戦闘を事前に考慮していた連邦軍の冬装備は充足しており、動けなくなった帝国軍を圧倒。
前線を帝国軍に制圧されている工業都市100キロ付近まで押し戻す。
それから半年は互いに泥沼の塹壕戦に移行。
依然として大きな動きはなく、砲弾と悲鳴が続いている。
その前線からスーッと南に移り、少しだけ東に行った場所。
そこがマスクドたちが拠点としている基地だ。
「前線中央部突破のために南側の弱体化を命ずる、か」
マスクドは資料とデスクに置く。
中央部はだだっ広い平野で両軍合わせて数百万の兵士が戦っている。
それに比べてマスクドたちが担当する南側は山岳や森林などの自然の要塞が多く、帝国軍も攻めあぐねていた。
だからといって帝国軍が何もしていないわけではない。
木を切り倒し、山などにも施設を建て、ゆっくりとだが、着実に南側も侵していた。
上層部はそれを危惧してマスクドに命令を与えた。
南側には戦略的要所は少ないが、もし南側が落ちて中央部の横っ腹を突かれるわけにはいかない。
「さて。アデルは祖国のために何処まで働いてくれるかな?」
資料の隣に置かれた経歴書に添えられたアデルの写真を撫でてマスクドは微笑んだ。




