同族嫌悪
祇園精舎の鐘の声、沙羅双樹の花の色――
人類は誕生以来、途方もない年月をかけて進化し、ついには地球の支配者となった。大地を駆け、空を飛び、山を削り、陸地を拡張し、地形すら変える力を手に入れた。発達した科学技術をもってすれば、不可能など存在しないと確信していた。やがてこの星を飛び出し、宇宙へと進出する日も近いと……。
しかし、その王者の如き振る舞いは長くは続かなかった。
夜空を見上げても、そこに瞬く星々を見つけることはできず、地上では防護服なしに生きられない世界となった。金を崇め、経済発展ばかりを追い求め、自然を顧みなかった代償を、人類はついに払わされることになったのだ。
汚染と環境変動は止まることなく進行し、地球に住めなくなるのは時間の問題となっていた。それはずっと前から予測されていたことだったが、各国は環境問題を『努力義務』の枠に押し込め、先送りにし続けた。その結果、状況はもはや手の施しようがないほどに悪化してしまった。
もとの環境に回復させるには、気が遠くなるほどの時間が必要だった。その間に地球を離れ、他の星へ移住するという案も浮上したが、それは絵空事に過ぎなかった。移住先の惑星を見つけるどころか、宇宙開発そのものが停滞していたのだ。資源を巡る争いが激化し、汚染された環境に適応できず、人口と平均寿命は著しく低下していた。
出生率は世界的に落ち込み、若年層でさえ認知症の兆候を見せるようになった。誰もが死相を浮かべ、衰退の一途をたどるばかり。
だが、まだ希望はあった。人類が金の次に信仰してきた、もう一つの神――科学。
人類は極限環境に適応すべく、遺伝子操作によって肉体を改造し始めたのだ。
呼吸器を強化し、皮膚を黒く硬くし、神経質を変質させ、あらゆる環境でも生きられるように。
その変化は世代を重ねるごとに加速し、もはや彼らは、かつての人間とはかけ離れた姿へと変貌していった。
しかし、その結果、人類は生き延びた。
かつての足跡が消えさろうとも、その意志と種は脈々と紡がれ続けたのだった。
生きたい、生きたい、と……。
そして、地球の環境はついに回復し――
「わっ!」
「どうしたの!?」
「お母さん、ゴキブリが!」
「もー、また? 本当に我が物顔で、うじゃうじゃいるんだから……」