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⊿∂-Ⅱ-

ーー少し日が傾き、暑さも和らぎ始めた午後のこと


遊具が2~3個あるだけの小さな公園に風が吹く。

肌寒さすら感じるその風は、枝葉をしならせ、草木をざわめかせる。


つむじ風に巻き上げられた落ち葉が、ポツンと置かれている古びた木のベンチを覆い隠す。


風が収まると其処には、植物のような翠の髪に、太陽のような瞳を持つ少年? 少女? が座していた。

まるで最初から其処に居たかのように景色に溶け込む■■は、宙を見つめ、小さく呟く。


「あと2人かぁ……面倒くさいなぁ……」


不満げに唇を尖らせていた■■が、手をポンッとたたき、明るい表情を浮かべた。


「そっか! 映して()()()良いんだ!」


■■が徐に手を伸ばすと、その手のひらに黄緑色の光が集まっていく。


太陽の光を浴びた鮮やかな木の葉のようなそと光は、手のひらに集まると、深みを増し、深緑となる。

深緑の光は、楕円形を形作っていく。


次の瞬間、■■の手には、夏の瑞々しい植物の美しさを凝縮したような小さな宝石が握られていた。


「えいっ!」


目の前で起きた、いや起こした神秘的な現象をさも当然のように頷くと、その美しさに目を奪われることなく、手に握った()を地面に投げ落とした。


土のベットに包まれた種は、殻を破るようにして柔らかな黄緑の芽を出し、ぐんぐんと背を伸ばす。


それは、■■の目線の高さまで伸びると成長を止め、葉を重ね合わせたかと思うと、水晶のように透き通った蕾を生み出す。


みるみるまに大きくなった蕾は、花弁を閉じたまま、玉葱のように下部を膨らませる。

シャランっと小さく美しい鈴の音をさせ、蕾を震わせると、ゆっくりと花弁を広げた。


夕焼けが溶け込む透明な花は、大きな花弁も、雄しべも雌しべも透き通り、境が分からないほど同化している。


「こんな感じかな?」


■■が花に手を翳すと、先の景色が見えるほど透き通っていた花弁が白く濁り出す。

真っ白になった花弁に、暗い靄が生まれたかと思うと、像を結ぶ。


段々とはっきりとしてきたそれは、何処かの景色を映し出しているようだった。




花弁に浮かぶのは、事務室のような雰囲気の部屋。


俯瞰した視界の正面には扉があり、手前には座り心地の良さそうなソファーと(けやき)の机が置かれている。

観葉植物と衝立で遮られた奥には、使い古された執務机とアンティークな革張りの椅子があった。


椅子に腰掛けた男性の眉間には、皺が寄っている。

紺のスーツを着こなし、ループタイをしめるその姿は、その雰囲気も相まって、少しピリッとした緊張感を部屋に漂わせていた。


男性は、徐に手元にあったリモコンを操作する。


次の瞬間、パッと男性の真横に置かれていたテレビが付き、ニュースが流れ出す。


《~とのことです。》


澄ました表情でトピックを伝えていたニュースキャスターが、チラリと何処かを見やる。


《ここで速報です。かの大企業○○の代表取締役社長●●氏に怪盗Fを名乗る人物からの予告状が届きました。警察は愉快犯の線とみて~》


ブチッという音と共に画面が暗転する。


それを成したであろう男性は、静かに立ち上がり、窓辺へ近づく。

空を見上げると、何かを憂うような表情を浮かべ、呟いた。


「そうきましたか……今度こそ白黒つけなければいけませんね」


取り出した電話を何処かに繋げる。


栗出(くで)です。…………ええ、()()()お受けします。……………………いえ、仕方ないですよ」


携帯をポケットに収め、顔を上げる。


そして視線を上に上げ、空間を超えて眺めている■■を……………………………………………………軽く睨み付けた。


「覗き見はお行儀が悪いですよ?」


彼が言い終わると同時に、透き通っていた花弁が曇り、白く濁っていく。

再び透明になったときは、既に何も映さなくなっていた。


俯いた■■が震える声で呟く。


「まさか……気づくなんて……」






……





「いけないいけない」


呆然としていた■■が頭を数度振る。

気を取り直して、花弁に再び手を翳す。


花弁は、先程の焼き増しのように白く濁り、何処かの景色を段々と映し出すようになっていく。


コンクリートの壁や床に、大きなコンテナ、積み上がった木箱……浮かんだのは倉庫のような場所。


だが、不思議なことに1つだけ……木箱に隠されるように、コンクリート打ちっ放しの倉庫には似合わないほど重厚な扉が存在感を放っていた。




コツ……コツ……


足音を鳴らし、■■の認識外から誰かが歩いてくる。


灰色のシャツを着崩し、足首まである長い黒のコートを着こなす、周りが暗いため顔に影が落ち、全貌が掴めない男性は、扉の前で立ち止まる。


すると、それを合図と捉えたのか、黒いスーツにマスク、サングラスを着用した、瞳も口元も見えない人物が駆け寄った。


傍らで跪く黒スーツを気にすることもなく、上部にある小さな窓から覗く赤みを帯びた空を見上げる。


「お互い全力で戦おう…………それでも勝つのは私だがな」

「何かおっしゃいましたか?」


少し顔を上げ、問い掛けてきたのを軽くあしらう。


「いや、なんでもない。例の仕事()にかかるぞ」

「はい。此方を……」


その言葉で、黒スーツは恭しく繊細な彫刻が成されたトレーを差し出す。


そこには、数行の文章と、末尾に“F”が記されたカードが置かれていた。

彼は、嘲笑うように鼻を鳴らすと、白い手袋を着けた手でカードを取り上げ、玩ぶ。


「ふふっ……どんな反応をするのか見てみたいものだ」


何処かに思いを馳せる彼に、黒スーツが恐る恐る問い掛ける。


「不躾で申し訳ありませんが……」

「なんだ? 言ってみろ」


2()()()は必要なのでしょうか」

「ふん……なんだそんなことか」


懸念を吹き飛ばすように鼻で笑うと、なんてことのないように応える。


「“アイツ”にも招待状は必要だろう?」




パチパチ……

ぼやけていく花弁を他所に、拍手を送る。


例え届くことが無いとしても、この止めどない感情を表現したかった。


「いや~面白いね!」


■■は満面の笑みで、心からの賛辞を送る。


「記憶があると“こう”なるのか……興味深いね」


顎に手を当て、思案する仕草をしたが、■■にとって、考えるよりも知る方が早い。だからこれは戯れのようなものだ。

とはいえ、この場所に(これ)を残すわけにはいかない。


そっと、黄緑の光を宿した手を伸ばし…………




「お姉ちゃん、これなぁに?」


小さな疑問の声に、■■は花に伸ばしかけていた手を止める。


見ると、花の傍らで小さな女の子が■■をじっと見上げていた。

その純真さに頬を緩ませ、口を開く。


「これはね……「こら!」」


慌てた様子の男性が駆け寄ってきて、女の子と目線を合わせるべくしゃがみ込む。


実優(みゆ)、迷惑掛けちゃだめだろ?」

「だってパパ! 大きいお花だもん!」

「え? 大きいお花が見たいの?」

「ちーがーうー!」

「弱ったなぁ……」


駄々を捏ねる女の子に困った様子の男性は、■■と目が合うとぺこりと頭を下げる。


「すみません……うちの子が……」

「…………あぁ! 良いよ良いよ。気にしないで!」


再び■■に数回お辞儀すると、女の子の手を引いて去って行く。

1人残った■■は、ポカンと口を開け、信じられないとばかりに目を見開いていた。


「彼も()()()()()()()()んだ…………」




人っ子一人いない夕暮れの公園に、ポツンとただひとつある木のベンチ。

そこに落ちていた影を、一際大きな樹影が覆う。


日がまた落ち、樹影が動いた。


より暗くなり、家々も寝静まった日暮れ。

静かに夜を待つ公園の素朴なベンチが、街灯に照らされる。


ーーそこには、影も、人も、痕跡すら残されてはいなかった。まるで、元から誰も居なかったかのように。


ただ女の子と男性の足跡だけが、先刻の出来事が実際にあったことなのだと示している。

「大丈夫か? あいつ」

「う~ん……純粋なのかな? …………もしかしたら死期が近いとかかもね!」

「怖いこと言うのはどうかと思うわよ?」

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