38話。終○
何気なく発されたその言葉は、玲谷が六階層に来る前、少しばかり思い至っていたことであり……信じたくない真実を裏付けるものでもあった。
信じたくない……信じられない……そう思いたいのに、この状況さえも、その事実を補完する。
…………でも、だとしたら、三階層の悲痛な言葉は、祈りは嘘だったのだろうか。
そう思い至ったとき、思いも寄らない形で答えが返ってくる。
「騙し、裏切られ、疑心暗鬼に陥りながらも、人を信じたいと願い、しかして信じ切れない……」
そう、玲谷にとって、人を信じることは、それほどまでに難しく、どんなに願ったとしても本当の意味では決して叶うことのない願いなのだった。
「そんな貴方たちの姿が……ほんっとうに愉快でしたよ!」
図星だ。
一階層での色奈の予知も、四階層での栗出さんの作戦も。玲谷は信用はしていても、人そのものを信用してはいなかった。
……普通は怒る場面なんだろう。実際、直視したくない現実を突きつけられ、怒りも抱いた。
でも……月熾、いやスイショウの声は、愉快そうな口調をしていても、哀しみに揺れ、震えていた。
それはまるで、あの時感じた激情を、行き場を失った怒りを、誰かにぶつけるしか無かったあの日の僕ようで……
「何が……哀しいんですか?」
首に触れる冷たさがより近くなる。
刃が少し食い込んでいるようにも思える。
ピリッとした痛みが走ると共に、どろっとした液体が首筋をつたう。
「貴方に! 私の何が分かるって言うんですか……」
怒りを込めて発された言葉も、尻すぼみに、弱々しく消えていく。
首から冷たい感覚が離れたのを感じて、スイショウの方に振り向く。
「分かる。なんて言えません……でも、知ることは出来る」
「なん……で……」
スイショウの美しい蒼の瞳は、捨てられた子どものように、不安げで、弱々しかった。
「なんで……あの時……」
「そこまでだよ」
「!」
少しの沈黙の後、堰を切ったように何かが零れ出しそうなその時、コハクの有無を言わせず制止する声で、スイショウは口をつぐむ。
「きみにとってあのことは、まだ終わっていないことなんだろう。」
これまでの巫山戯ていた態度が嘘かのように、ゆっくりと語られるその言葉は、重く、苦々しさを纏いつつも、思いやりが感じられた。
「でも、今大事なのはこれだ」
「はい……」
「乗り越えろとは言わないし、言えない。でも……今を疎かにしてはいけないよ?これこそが……糸口となるのだから。」
「軽率でした……申し訳ありません。」
少し落ち込んだ様子のスイショウに優しく頷くと、パッと明るい愉しげな笑みを浮かべる。
「ごめんね~お待たせ! じゃあ最後はぼくかな?」
艶やかな黒髪を揺らし、足をぶらぶらさせているその姿は子どもでしかないというのに、ひとつひとつの言葉に込められた重みも、彼から感じるプレッシャーも、これまであったどの大人にも勝るとも劣らない。
「ぼくはコハク。ただの守護者だよ」
「守護……者?」
「そうさ! 名称だけだけどね」
コハクの感情に反応するように深い黒が顔を覗かせる。
それは、ここでは誰しもが持っている暗い過去……覗いてはならない。踏み入ってはならない昏い闇。そうでもしないと………………呑み込まれる。
「つっ!?」
「あぁ、ごめんね」
顔が恐怖に引き攣り、震える玲谷に気づいたコハクが軽く手を振ると、黒はあっさりと霧散した。
「ぼくのことは…………そうだ、コクって呼んで」
「コク……?」
「そ。皆にはそう呼ばれてるから」
コクが一息ついたことで、雰囲気が一瞬で緩み、一区切りがついたことを感じてつい少し気を緩めた。
「じゃあ自己紹介も終わったことだし…………答え合わせを始めようか?」
「答え……合わせ?」
玲谷が呆然と呟く。不思議そうにしていたコクだったが、何かが腑に落ちたのか、一つ手を叩いた。
「あぁ! もしかして、“スイショウが裏切り者だ”ということをさしていると思っていたのかい?」
「え……うん」
「あれは、あくまでもネタばらし。これは、すべてをつまびらかにする答え合わせだよ!」
仮面の奥の見えない瞳が、此方をじっと見つめているように思えた。
「ねぇ、知りたくないかい?」
何故か恐怖を感じる笑顔に冷や汗をたらす。
助けを求めるように周りを見ても、階層主達は静かに佇んでいるだけ。
コクの無言の圧力に負け、渋々頷くと、愉しそうに口を開いた。
「そもそも、可笑しいと思わなかったの?」
玲谷が理解できずに疑問に思っていると、それを感じ取ったのか、コクは盛大なため息を吐いた。
「……そう。まったく…………救われないね」
「君には、ぼくのことも、裏切り者が誰なのかも気づく機会はあった。要素もあった。違うかい?」
無言のまま項垂れる。
質問するような口ぶりでも、口外に込められたものを感じ取り、何も反論出来なかった。
「実際、君は気がついていた。」
「けれど、都合の悪いことに蓋をして、忘れようとしたよね?」
「これはその結果だよ」
「そういうわけじゃ!」
流石に聞き流すことは出来ず、玲谷は反論するが、その声に力は無い。
(行動はしていた! ……何かはしていたはずなんだ……)
「でもこの結果が全てを物語っている。」
「どれだけ努力が大事だと言っても、結果が伴わなければ意味が無いんだ。」
「そう……どれだけ願ったとしても、どれだけ残酷でも、結果が全てなんだよ。」
コクの射貫くような言葉には、先達の…………残酷な結果を受け入れるしかなかった者の実感のような物が込められていた。
俯き、何も言わなくなった玲谷に失望したのか、静かにとがめるような声は、呆れた声色に変わる。
「はぁ……最後の勇者がこんな奴なんてね」
もはや玲谷に興味が無くなったようで、投げやりに続ける。
「したければ復讐すると良いよ」
「復讐……?」
「そうさ。君の故郷に何もかもを奪われたぼく達のように……」
それが君に出来るならね。そう小さく呟いたコクを眺めていると、ナニカが心の底から溢れ出す。
(嗚呼……そうか…………そうだったんだ…………
主人公は勇者じゃなくて、迷宮の主だったんだね………………コハク」
「…………」
その問いに答える声は無かったが、口に出すことでストンと全てが腑に落ちた。
コクの存在も、古梓さんの話も、栗出さんの言葉も、そういうことなんだろう。
「………………もう良いよ。スイショウ」
「ハッ!」
長い長い沈黙の後に発せられた静かな命令と共に、首筋に添えられていた短刀が振るわれる。
身動きの取れない僕は抵抗も出来ず、刃は寸分違わず首を切り裂いた。
ひりつくような痛み……焼けるような熱さ……体温が失われていく寒さ……
相反する感覚の中で、静かに目を閉じる。
(あぁ……これが…………“死”なのか……)
最期に残るのは聴覚だというのは本当らしい……暗転していく視界の中、酷く哀しげなコクの声が聞こえた。
「【勇者】藤弘 玲谷…………お生憎様だけど、きみは“負け”だ」
「本当に残念だけど、仕方が無いね。きみは……………………勝利条件を満たしていないのだから。」
8つの影が静かに佇む謁見の間で、一際小柄な影が、そっと口を開く。
「そうさ……ぼくらはただ救済と守護を誓う者」
その目がどこを見据えているのか、その言葉にはなにが込められているのか、それを本当に知る者は、今や当人達のみとなった。
「果たしてコレは……………………誰にとっての救いなんだろうね?」
「ウワアッ! …………………………ここ……は……?」
どうしようもない上位の存在に、抗い、足掻いた彼らの物語はこれにて終幕……………………これからの人生は、彼ら自身の手によって紡がれることでしょう。
或いは◆□※達の手によって……???
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。(o_ _)o
「救済と守護を誓う…」は、この話でほぼ完結となります。
この後、何話か投稿するつもりではありますが、見るも見ないもあなた方次第です。
拙いものではありましたが、読んで下さった方々の情緒がぐっちゃぐちゃになると嬉しいです。
最後に、ブックマークや評価、リアクションをくれた方々。
更新する度に読んで下さった方々。
新たに0話。から読み出してくれた方々。
一向に更新していなくても、出したときに読んで下さった方々。
等々……
本当にありがとうございました!!
※まだ続きます。多分




