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俺の側近からいきなり連絡がかかってきたのは、それから5日後のことだった。
迷いの森の中でも、魔法は使えるため、俺に魔法を使って連絡しているのだろう。魔法なら、相手のいる場所まで特定することはできない。
大丈夫。まだ、俺がどこにいるかはバレていない。そのことに、ひどくほっとしている自分がいる。
3週間近く姿を隠していたのに安否も確認せず、えらく焦った口調で話す側近にどこか虚しさと諦めを感じる。
結局俺は、あの場所にいる人たちにとって、いらない使い捨ての駒でしかないのだと。
そう思ってから初めて自分があの人たちに少し、ほんの少し心のどこかで期待してしまっていたことに気がつく。
「あはっ、あはははっ…」
あほみたいだ。今まで、散々酷いことをされてきて、散々無視されて、誰も助けてくれなくて、俺にとってあの場所は、嫌いな場所でしかなかったはずだ。未練も何もないものだと思っていたのに、心のどこかでまだ期待していたのか。
でも、もうやめた。今この瞬間、俺は完全に理解したから。俺が死のうと、あの人達は喜ぶだけ。
「そんで??いきなり連絡してきて、何の話??」
敬語も何もあったものじゃない。やめだやめだ。一刻も早くこの会話なんて切って、オリカと話していたい。
嫌な予感がするのだ。こんなに焦った側近は初めて見た。微かな不安を俺は感じながらも話を促す。
彼の話を要約すると、こうだ。
どうやら隣国、フレイア王国との戦争が起こったらしい。現在はスノームーン王国の北の国境が戦地となっているそうだ。
それを聞いて一番最初に思ったことは、
(行きたくない。)
ただその強い感情だった。
確かに、俺が行かないわけにはいかない。でも、この戦争で仮に俺が窮地に追い込まれたとしても、援軍なんていうものは期待できないだろう。
俺を戦場という墓場に送りたくて行かせるのだろうから。
行きたくない。でも行かなければならない。
こんなことすぐに終わらせて、また何食わぬ顔でここに戻って来たい。
でも、一度この居場所がバレてしまったら、きっと次はないだろう。必ずあの者たちが探りに来てメチャクチャにしていく、そうなる未来が容易に想像できる。
つまり、一度ここから出てしまえば、俺は二度とここには戻ってこれないということだ。そんなのは嫌だ。しかし、俺は必ず行かなければならない。
そこで、ふと気がつく。
何を俺はこんなに迷っているのだろうか。たまたま、看病してもらったのが彼女だったと言うだけではないか。
俺が必ず戦争に行かなければならないのは火を見るより明らかだし、今までだって紛争やら内戦やらが起こるたびに駆り出されていた。
たかが看病してくれた彼女1人に何を俺は血迷っているのだろうか。
でもやっぱり、彼女といたい。この穏やかな生活をずっと続けていたい。あそこには戻りたくない。絶対に行きたくない。けど…
前までの自分ならば、こんなに悩むことなどなかっただろう。全て仕方のないことだと諦めて、蓋をして、自分の気持ちなんて見ないふりをしてきた。
彼女と出会って、人の優しさに触れて、俺は、弱くなってしまった。
俺は、こんなにも弱かったんだな…