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結果的にヴィオは黒猫としてこの家で過ごすことになった。私は最初、反対したのだが、ヴィオいわく、
「今までアレンとオリカとで築いてきた関係を壊したくないの。それに、私が人じゃない方が色々便利だしね。」
と、言うことだった。
アレンには拾ってきた黒猫ということで、通している。
ある日突然黒猫が家に増えてびっくりしたが、別にこの家は彼女の家なのだし、俺に口出しする権利はない。
たまに、黒猫から冷たい視線のようなものを感じる時があるが、別に俺も猫が嫌いというわけではないし,どちらかと言えば好きなので、きっと視線も気のせいなのだろう。
と言うか、気のせいだと信じたい。何とかして猫に懐かれたくて、猫じゃらしをふりふりしてみるのだが、一向にこちらを振り向いてくれない。毎回毎回落ち込む俺を、オリカが苦笑いしながら慰めてくれる。
前に生活していたときは、こんな穏やかな生活を送ることができるなんて、考えたこともなかった。
毎日のように父に罵られ、人の冷たい目線や陰口の合間を縫って生きてきた。そんな俺にとって、ここは初めてできた居心地の良い場所だ。
毎日誰かと食事するのが、話すのが、誰かと一緒に会話するのが、こんなに楽しいことだなんて思いもしなかった。
ずっとここにいたい。
でも、それは叶わぬ夢物語だ。傷が治れば俺は帰らなければ。ずっとここでお世話になるわけにも行かない。
それでも、俺が元いたあの場所を思い出すたび、つい願ってしまう。この時間が永遠に続かないかな。と。
そんなこんなで,アレンがここに来てから3週間が経とうとしていた。
アレンの傷もやっと治りかけ,彼は,近直此処を出ていくのだろう。
それを,寂しいと感じている自分がいる。ノアの一族のことを気づかれないように,ずっと森の中で暮らしていたオリカにとって,この3ヶ月は,夢のように楽しい日々だった。
最初の頃に比べればアレンとはだいぶ打ち解けられていると思う。
それと同時に,レイラは自分の命があと少ししか持たないことも薄々と感じていた。あと,持って半年,ノアの一族にしか使えない魔法を使うのであれば,一回使うだけで,私は死ぬだろう。
「怖い。」
そう呟いた自分の声が,どこか他人事に聞こえる。今までは,実感が湧かなかった。私が来年には生きていないなんて,想像もできなかった。
いや,違う。
私が想像したくなかった。想像するだけで吐き気がする。その恐怖の感覚すら麻痺させたまま、ひたすら一人で生きて来たから。苦しみから解放されることだけを考えていた。
昔は、早く死にたいと思っていたはずだった。だんだんと近づいてくる死の気配に私は目を逸らしたかったのだ。苦しむぐらいなら、生きる意味も理由も何もかもないなら、一刻も早く死にたかった。
だが、今は?
相変わらず私は誰にも必要とはされていないし、アレンも私のことなんて、看病してくれた人程度にしか思っていないのだろう。もし私がアレンを助けなくても、奇跡的にアレンは助かったのかもしれないし、私が彼を助けたのは間違いだったかもしれない。
それでも、私は嬉しかったのだ。アレンを助けることができて。私の生まれた意味をきちんと見つけられた。初めて、人に感謝された。あの胸の暖かさを知ってしまった今では、もう死にたいなんて思えない。
でも,どうすれば良いのか,考えてもわからず,どんどん嫌な方へ,悪い方へと移動していく私の思考にも嫌気がさす。ぽたりと私の頬をつたって流れた一筋の涙も,どこか他人事だった。