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森で倒れていたところを彼女に助けてもらってから、はや2週間。毎日、食事も用意してもらっているし、怪我の手当ても全て彼女に任せっきりで、ひたすら本を読んでいた。
言い訳をすると、彼女から最初に勧められた本はとっても珍しく、貴重な本だったのだ。スノームーン王国では禁書に値するレベルの。
なんでこんな本がここに溢れるほどあって、ホイホイ彼女が貸してくれるのかはわからないが、もともと本が好きな俺にとって読まない選択肢はない。
主にここには魔法学や薬学の本が多く、でもたまに読む古い物語も有名なもののばかりで、この本も…この本も…と、読み進めていたら、いつのまにか時間が経っていたのだ…
流石にそれはまずいと思ってはいるのだが、彼女と話していると、いつのまにか本の話になってしまう。
彼女といると、嫌なことも、背負わなければならない責任も、全て忘れて笑うことができる。こんなに、心から笑えたのはいつぶりだろうか。
でも、ずっとここにいるわけにはいかない。俺を待っている人が確かにいて、俺が戻らなければ確実にあと数年でこの国は滅びるだろう。
俺を殺そうとした人達。その大体の検討は既に付いている。
俺が今ここにいるのは、ひとえに俺がここにいたいからだ。このままここにいれば、こんな夢のような生活を続けることができる。
いつも暴言と冷たい視線に晒されることも、暴力を振るわれることも、もちろん殺されかけることだってない。
俺はこの生活を手放すことができなくなるほど心も弱くなっていたんだな…
そんな2人の生活が少しずつ狂い始めたのは、その3日後だった。
その日、オリカはいつものように朝起きて、水を汲みに行こうと外に出た。そこで初めてかすかな違和感を感じる。
オリカのいる場所から数百メートルほど先。いつもの森ではない異様な雰囲気。そこだけ張り詰めた空気が漂っている。そこには小さな何かが落ちている。
のどかな朝の森にはそぐわないほどの膨大な魔力だ。警戒を強めつつ、恐る恐る確認しに行く。
その子供のような姿を私の頭が認識した途端、私は息を呑んだ。
「ヴィオ!!」
それは昔、お姉ちゃんのように慕っていた悪魔のヴィオだった。気を失っているのだろうか、ピクリともしない。なんでこんなところに…
「ヴィオ!!どうしたの!?大丈夫!?死んでないよね!?お願い返事をして!!お願い…」
大丈夫だよね…生きてるよね⁉︎…もう誰かを失う苦しみなんて、二度と味わいたくはない。あの苦しみを味わうくらいなら、私は何度だって魔法をつかってみせる。
そう決意しつつも恐怖で震える手でヴィオに触れる。指先に微かだが温かさを感じてホッとする。確認すると、息もちゃんとしているようだ。
気が緩んで、目に涙がたまる。何とかして自分を叱咤しつつ、どうすればいいか、回らない頭で考える。
悪魔といえば、魔法が得意な種族だ。ノアの一族ほどではないが、悪魔も普通の人間には到底使えそうもない魔法を使うことができる。
だが、悪魔も数が少なく滅多に人前に姿を表すことはないし、悪魔は人間からすれば脅威の対象なのでアレンに見つかればまずいかもしれない。
そこで、とりあえずオリカは家にヴィオを運び込み、自分の部屋でこっそり治療をすることにした。
ヴィオは子供のような見た目をしているだけあって、心配になる程軽かった。普段なら、もう少し年上の見た目をしていたはずなのに…
悪魔は、魔力を使いすぎると、子供のような姿になってしまうのだ。そんなに魔力を使うようなことがあったのだろうか…
ヴィオが生きているとわかったものの、危険な状況には変わりない。焦る気持ちを必死で堪えて、一歩ずつ確実に歩みを進める。
お家について、やっと少しは回るようになった頭で、改めて確認すると、ヴィオは見たところひどい怪我はなく、ただ単にお腹が空いて魔力が足りていないだけなようだった。ご飯を食べさせ、薬を飲ませると、すぐに元気になり、意識も戻ったヴィオを見て、やっと肩の力が抜ける。
でも、なんでヴィオはあんなところに倒れていたのだろうか。それに、ヴィオは何年も前に突然姿を消したはずじゃ…
昔、私がまだ7歳ぐらいの頃、お父さんとお母さんと、そしてヴィオと一緒に暮らしていたのだ。だが、隣国に攻め込まれ、お父さんが殺された時に、逃げるのに必死だった私とお母さんはヴィオを見失ってしまった。それからずっとヴィオは死んでしまったのだと思っていたのに、まさか生きていたなんて…
「ねえ、ヴィオ。ヴィオはなんであんなところに倒れていたの?今から8年前、お父さんが殺された後、ヴィオはどこにいたの?」
ガツガツとご飯を食べ続けるヴィオに、私は少し遠慮がちにこう聞いた。
「うーん…そうねぇ。どこから話せばいいか。今から8年前、隣国にいきなり攻め込まれてあなたのお父さんは殺された。で,そのあと私たちははぐれてしまったでしょう?」
「ええ。そうよ。そのあと何回も何回も炎の中を探したのだけれど、ヴィオは見つからなくて…それで…」
まだ、あの時のことを鮮明に思い出すことができる。何回も、何十回も、お母さんと一緒にヴィオを探すのに、見つけることができない絶望。二度とあんな思いはしたくない。
「良いのよ。大丈夫。実は、炎の中を一緒に逃げていたとき、私は運悪くあの隣国の騎士に見つかってしまってね。今までずっと地下牢に閉じ込められていたんだよ。」
「っ、そんな‼︎そんな… ご、ごめんなさい、ごめんなさい」
「良いのよ。謝らないで。逆にオリカ達が助けに来てしまったら、あの隣国の思う壺よ。きっとあの人たちは私を人質にあなたたちをも、捕まえたかったのだと思うわ。」
「隣国に捕まえられた私はそれからずっと地下牢に閉じ込められていたわ。私が出られたのは、最近この国と隣国との関係に何かゴタゴタがあったらしくて、場内がバタバタしていたから、その隙に魔法を精いっぱい使って逃げ出したの。今まで辛い思いをさせてしまって、ごめんなさいね。」
「っ、ううん。ヴィオは謝らなくていいよ。私、またヴィオと会うことができただけで本当によかった。ずっとずっと気になっていたから… ヴィオは長いこと地下牢にいたんでしょ?体はもう平気?どこかまだ、痛いとことかない?」
「ええ、もう元気バッチリよ‼︎地下牢の中では結構魔術を駆使して生活していたから、そこまで困ることもなかったわ。私がお腹が空いて倒れていたのだって、地下牢から逃げる時に、魔法をたくさん使っただけだもの。
それより、問題はあなたよ、オリカ。質問が山ほどあるのだけれど… あなたのお母さんはどうしたの?それに、幻覚魔法を使っているけど、酷い顔色よ。後、この家に住んでる謎の男は誰?」
オリカに真実を全て話してしまうべきだろうか。でもこんなこと、本当に言ってしまってもいいのだろうか。洗いざらい全て話してしまえば、オリカにも背負わせることになってしまう。どうすれば…
「とっとと話しちゃいなさい。それがどんなに私にとって悪いことだって、怒ったりしないし、私があなたのためにできることも、あるかもしれないじゃない。」
その一言に、とても救われた気がした。意識したわけでもないのに涙が一筋こぼれ落ちる。ポツリポツリと話し始めるととまらなくなって、気づいたら全てあらいざらい話していた。
お父さんが死んだ後、お母さんも病気で死んだこと。今の私は、呪いがかけられていて、もう後少ししか生きることができないこと。あの青年は倒れていたところを蘇らせて今看病しているということ。
全て話し切ってしまうと、心の中に溜まっていたモヤモヤが消えてスッキリした。
でも、ヴィオはやっぱり私が後少しで死んでしまうことは少し驚いたような顔をしていた。話を聞くにつれて私よりも辛そうにしているヴィオを見て私は苦しくなった。
「とりあえず、ヴィオはどうする?このままこの見た目だと、アレンに一発で悪魔だとバレちゃう。私が幻覚魔法かけてもいいけど、ちょっと今の状態で魔法をたくさん使うのはきついから、なるべくヴィオにお願いしたいの。」
「もちろんよ。私はもう元気いっぱいだし、ついでにオリカの分の幻覚魔法もかけようか?それくらいなら私でもできるよ?」
「ほんと⁉︎ありがとう‼︎とても助かる‼︎」
こうしてこの家にはまたもや住人が増えたのだった。