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雪解け  作者: 雨霞るる
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 俺を助けてくれたのは一体どんな人なのかと扉を凝視すると、黒髪に銀の瞳の美しい少女が現れた。


 年は俺と同じか、少し下、ぐらいだろうか。無表情なのが、もったいないと思う。


 彼女にバレないよう気をつけながら鑑定の魔法をかけてみる。


 今のこの時ほど、俺が鑑定魔法を使えることに感謝した事はない。


 見た目は、美少女だが,色々怪しすぎる。それに今の俺のこの状況にある以上、近づくものを疑わないわけにはいかない。少し申し訳ないが、許して欲しい。


 一瞬頭の中でキーンという音がしたあと、彼女の前に画面が表示される…はずだった。


 パリンとガラスが割れるような音がして、鑑定魔法は弾き返される。


 俺は、一瞬何が起こったのか分からなかった。


 俺の魔法を、妨害できる人は滅多にいない。俺はそれなりに魔法が使える方だと自負しているし、ましてや今のは無詠唱だ。魔法を使うそぶりだって、見せていないはずなのに…


 少なくとも、彼女が相当魔法が使えるのは明らかだろう。


 彼女は、俺が鑑定魔法をかけるまで無表情だったが、口元をほのかに上げて、少し眉が下がった、今にも泣きそうな顔になった。


 そして、すぐにかき消されてしまいそうな、繊細だが、美しい声でこう言った。


 「申し訳ありません。私が、あなたを害そうとする意思はありませんが、私に鑑定魔法を使われると少し困ってしまうのです。私はあなたのことを詮索しませんし、あなたも私のことは詮索しない。それで、ご了承してもらえないでしょうか。」


 「…」


 鑑定魔法が使えない…

 つまりそれは、相手の得体が知れない…

 相手がなにを考えているのか、何を思っているのか、何もわからない…


 このことほど、俺が恐れているものはない。


 俺は、いつだってその笑顔の下に隠された感情と真実に気づくことができずに、大切なものを守れなかった。俺は人を信用するのが怖いのだ。


 もしも、彼女を信じて、裏切られてしまったら⁇

その時にはもう、取り返しがつかなかったら⁇


 ずっと、人を騙し、騙されるのが当たり前だった世界にいたせいで、疑心暗鬼になり、誰も信用できない。彼女の今にも泣き出しそうなその顔に俺は罪悪感を確かに覚えているはずなのに、他人を信用するのが、これほどまでに恐ろしい。


 俺が答えを出すのに躊躇っていると、彼女はその端正な唇を開いてこう言った。


 「では…私を殺していただけないでしょうか…

私のことが信用できないのであれば、お気軽に殺してもらって構いません。むしろ、その方が嬉しい…と言うか…

 冷静に考えると、あなたも警戒しなくて済む、私も嬉しい、どちらも得しかありませんね。では、どうぞ。」


 そういうと、彼女はまるで大輪の花が開くような美しく儚い微笑みを俺に向けた。



 殺して?え?俺の聞き間違いだろうか?頭の中は大混乱だ。だが、彼女は確かに先程私を殺してほしい。と言ったのだ。


 「いやいやいやいやいや、すまない。本当に申し訳ない。俺は、そんなことを望んでいるわけではないんだ。俺は、人を信じるのが怖いんだ。これは俺自身の問題で、君にそんなことをして欲しいわけじゃない。違うんだ。すまない。本当に申し訳ない。」


 慌てて俺が、否定すると、彼女は無表情のまま少し残念そうな声で「そう…ですか…」とだけ言った。


 流石に、殺して良いとまで言う人をまだ疑えない。頭の中は疑問ばかりで混乱してぐちゃぐちゃだが、少なくとも今は彼女のことを信用しても大丈夫だと思える。


 すると、途端に俺は申し訳なさと罪悪感で胸がいっぱいになった。


 まあ,少し考えれば、自分がどれだけ非常識なことをしたのか、当たり前のようにわかるはずだ。


 助けてくれた人を信用せず、出会い頭に鑑定魔法をかけ、挙げ句の果てにはあんな提案までさせてしまった。


 客観的に見て、最低な人間だ。


 言い訳にしかならないが、今まで、俺の周りには俺を害そうとする人ばかりで、疑い騙し合うのが当たり前になってしまっていた。


 「何か、俺にできることはないだろうか。助けてもらったお礼を何もできていない。」


 縋るように彼女にこう聞くと、彼女は無表情でこう呟いた。


 「いえ…まだ病み上がりでしょうし、病人にそんなことさせられません。お気になさらないでください。私がやりたくてやっただけですので。


 それと、よろしければ、傷が治るまでここでお過ごしになりませんか。意識は戻りましたが、まだ走ったりするには辛いと思うので、しっかり体力が戻るまで、ここでゆっくり休んで行かれてはどうでしょうか。もちろん、無理にとは申しません。」


 「その申し出はありがたいのだが、本当にいいのだろうか?迷惑なのではないか?」


俺があんなに失礼な態度をとったのに、嫌味さえ言わない彼女に、俺は罪悪感と自己嫌悪で押しつぶされそうだった。


 「むしろ、一人暮らしで寂しかったので、話し相手が増えて嬉しいです。」

 

 一人暮らし…この森で…

常識で考えても、考えなくても、あり得ない話だ。今までどうやって暮らしていたのか不思議になる。


 わからないことが多すぎて、爆発寸前の俺の頭は置いておき、話を元に戻す。


 「では、少しだけここで世話になっても良いだろうか。迷惑ばかりかけて、本当にすまない。それと、君の名前を教えてくれないだろうか。俺の名前はアレンだ。」


 俺がこう聞くと、彼女は少し間を置いた後、答えた。


 「はい、アレン様。どうぞ、ゆっくりしていってください。私の名前はオリカと申します。」


 俺とオリカはどちらからともなく握手を交わす。


 その時のオリカのどこか人と壁を作るような話し方、人間離れした無表情と、一瞬見せた寂しげな儚い微笑みに、俺は少しの違和感と胸騒ぎを感じていた。

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