5話 子犬?
よろしくお願いします!
「じゃあ、お言葉に甘えて、剣を使わせてもらう。あ、練習用の剣だから、そこは安心して? さあ、どこからでもかかってきて!」
「なら、こっちも遠慮なく。女だからといって容赦しないからな。覚悟しろ!」
そう言った瞬間、目の前の少年がパンチをくりだしてきた。
軽くかわして、様子を見る。
威力はある。スピードもある。でも、隙だらけ。
自信があったパンチをかわされて、驚いたように目を見開く少年。
それから、がむしゃらに何度もパンチをくりだしてくるけれど、私はひらひらとかわす。
体の大きなアール兄様や護衛の人たちと練習しているから、違いがよくわかる。
身体能力は高そうだけれど、ちゃんとした訓練を受けていないから動きが荒い。
すばしっこさが持ち味の私としては、すごくやりやすい相手だ。
訓練してきた甲斐があった!と、確認できて嬉しくなる。
が、そろそろ終わらせないと。
私は、すばやく踏み込み、相手の首に剣をつきつけた。
「はい、私の勝ち」
あっという間に勝負がついた。
力が抜けたように、へたりこんだ少年。
「マチルダ!」
遠くから私を呼ぶ声がした。
見ると、道の向こうで、アール兄様が私を見つけ、にこにこと手をふっている。
騎士服を着ているから、仕事帰りみたい。
私も剣を持っていないほうの手をふりかえしながら、叫んだ。
「アール兄様-! おかえりなさーい!」
が、アール兄様の視線が、私の剣先にいる少年を見たとたん、笑顔から、一気に恐ろしい形相に変化した。
そして、私のほうに向かって走りだした。
ものすごいスピードで、走ってくる。
そう、アール兄様は剣の稽古は厳しいけれど、それ以外では私に過保護なんだよね…。
ちょうどその時、裏口から、見回りのため護衛のジルがでてきた。
私たちを視界にいれたとたん、こっちに向かって走りだした。
こちらも、ものすごいスピードで、走ってくる。
ドドドドドドッ…。
大男たちの近づいてくる圧がすごい…。
あっという間に、アール兄様とジルが少年を捕獲した。
色々、聞かれそうね…。
では、あとはお任せしよう。
そう思って、立ち去ろうとした私。
…あれ?
背後に何かの気配がする。何かひっついているような感じ…。
もしや、背後霊…?!
バッと振り返ると、赤い髪の少年が私の背後に立っていた。
私と同じくらいの背たけで、幼く見える顔立ち。
やっぱり、あの背の高い少年と同じ年には到底見えない。
だって、うるうるした大きな目は、捨てられた子犬のようだし…。
私は、赤い髪の少年を安心させるように言った。
「あのね、大丈夫だよ。もし、困ってることがあるのなら、この人たちに遠慮なく相談して。頼りになるからね。あ、そうだ。お金のことでも話して大丈夫だからね。秘密は守る人たちだから信用していいよ。じゃあ、私はこれで!」
そう言って、歩き出そうとすると、何故か後ろをついてくる赤い髪の少年。
「マチルダ。その背中にひっつけている赤毛の子どもはなんだ?」
と、不審げに聞いてきたアール兄様。
なんだと聞かれても、私にもわからない。
とりあえず、わかっていることだけを伝えておく。
「この赤い髪の少年、私が来た時、そこにうずくまって泣いていたの。その背の高い少年がそばにいた。2人に何があったのか、理由は聞いていない。それから、なりゆきで、その背の高い少年と私が勝負をすることになったの。その時に、私が負けたら、この赤い髪の少年が払うはずだったお金を、私が払えと言われた。でも、赤い髪の少年は、お金を借りていないんですって。…あ、それと、2人は同じ年みたい」
真相はわからないので、私の考えを差しはさまないように、見聞きしたことだけを伝える。
そう言えば、2人の名前を聞いていなかった。どちらも少年だから、説明しずらい。
未来の騎士として、もっとわかりやすく、端的に報告できるように、今後は気をつけよう!
「へえええ…、おまえ、かわいい俺の妹にそんなこと言ったのか…。じーっくり話を聞かせてもらおうか?」
アール兄様が冷気を放ちつつ、背の高い少年にすごんだ。
よし、引継ぎは終了。では、私は退散。剣の素振りの続きをしなきゃ!
と、思ったのだけれど、赤い髪の少年が、いまだ、私をすがるように見ている。
その時、風がふいてきて、少年の赤い髪の毛が、ふわふわと踊るように動いた。
あ、きれい…。
目を奪われていたら、ふと、自分の首にかけているネックレスを思い出した。
私よりも、この赤い髪の少年に必要かも…。
と、いきなり啓示のように閃いた。
そうなると、一切の迷いはない。
私は首にかけていたネックレスをはずした。
小さくて丸くて赤い魔石がついている。
私は、それを赤い髪の少年の首にかけた。
「これ、君にあげる」
大きな目をさらに大きくして、驚いたように私を見る赤い髪の少年。
「あのね、これは魔石なの。悪いものをはじく魔力が、こもっているんだって。効果はわからないけれど、お守りみたいな魔石みたい。騎士になるため、訓練をする私を心配して、シュルツ国に住む叔母様にいただいたものだけれど、君のほうが必要みたい。だから、あげる。何がそんなに怖いのかは知らないけれど、もう大丈夫だよ」
「…え?! …そ、そんな大事な魔石を、もらえません!」
赤い髪の少年が、あせったように言った。
「ううん、いいよ、もらって! 私よりも君が持ったほうが、石もやる気をだすと思う。守らなきゃって。それに、この魔石の色、君の髪の色と一緒で、きれいな赤でしょ? ほら、おそろいみたいできれい!」
私がにっこり微笑んでそう言うと、赤い髪の少年の頬が赤く染まった。
なんというか、可憐だよね…。私とは真逆な感じ…。
そんなことを考えていたら、少年が感動したように、目をうるませて、私にお礼を言った。
「あの…、ありがとうございます! 一生、大切にします! …それと、ぼくの名前はルド。…ルド・シュバイツです。どうぞ、ルドと呼んでください…」
「うん、わかった、ルドだね! 覚えた! 私はマチルダ。じゃあ、私、剣の素振りの途中だから、もう行くね」
「はい。あ…、マチルダ様…! あの…、これからよろしくお願いします!」
ルドはそう言って、はにかむように微笑んだ。
なんか、かわいいな。ほんと、子犬みたい…。
ん、でも、これからよろしくって…?
また、会う機会があるのかな?
あ、でも、この近くを通るなら、また偶然会うかもしれないしね。
「こちらこそ、よろしく。じゃあね!」
そう言うと、私は剣をにぎりしめ、屋敷へ戻っていった。
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