10話 最弱の従者
よろしくお願いします!
ため息をつきながら、振り返った私。
案の定、目の前には、私を見降ろすように立っている少年がいた。
濃いブラウンの髪の毛に、グリーンの瞳。
背が高く、派手な顔立ちで、女子生徒には人気がある。
私の幼馴染で、ポッター伯爵家の嫡男ダニエルだ。
ダニエルは私より一つ上だから、学年が違う。
なので、幸い学園内でよく会うということはないんだけれど、私を見かける度、必ず、つっかかってくる。
私が一番苦手とする相手。そう、私の天敵だ!
きっかけは、子どもの頃。
私のお父様とダニエルのお父様が学園で仲が良かったらしく、ダニエルを連れて遊びに来た。
お父様から剣を習い始めていた私は、おもちゃの剣で勝負をいどみ、ダニエルをコテンパンにしてしまった。
ダニエルは号泣し、私は両親にこっぴどく叱られた。
ダニエルのお父様だけ「さすが、ブライトの娘だな」そう言いながら、大笑いしていたっけ。
そのことを根に持ってるんだろうね。会うたびに、ダニエルはにらんでくるし、嫌味を言う。
私のことが嫌いなら、近寄ってこなければいいのに…。
「何か用? ダニエル」
「あいかわらず、態度がでかいな? 俺は伯爵家の息子だぞ? しかも年上だ」
「それが何? 嫌なら、話しかけないでよね? ルド、行こう」
そう言って、くるりと向きをかえ、走りだそうとした私。
「こら、待て!」
ダニエルが、前にまわりこんできた。そして、ルドをにらみつけて言った。
「そいつ、なんだ?」
「私の従者」
「はあ? 従者?! そんな男みたいな服を着て、馬車にものらない、貴族令嬢のかけらもない、がさつで脳筋のおまえに従者?! いらないだろう?」
いつものように、私を馬鹿にしてくるダニエル。
言い返そうとした時、ルドが、ダニエルの前にたった。
ダニエルよりも背の低いルド。
若干ふるえながら、ダニエルを見上げている。
「マチルダ様は、すばらしいご令嬢です! 私は望んで、従者にしていただきました! マチルダ様の従者として、今の発言は許せません! …取り消してください!」
大きな目をうるうるさせながら、ダニエルにたちむかうルド。
その姿は、大きな敵に立ち向かう、勇気ある小動物…。
私のために…。そう思うと、なんだか感動してしまうよね。
感動する私の前で、ダニエルの顔は、怒りに染まっていく。
「なんだと、このチビ!」
ダニエルが、ルドに近づき、すごんだ。
そのとたん、ルドが「ヒイッ!」と、悲鳴をあげた。
私は、とっさに、ルドを自分のほうに引き寄せる。
「ルド、大丈夫!?」
私の問いかけにも答えず、ルドはおびえた目で、ダニエルを見たままだ。
「はっ! 従者のくせに、なに、主にかばわれてるんだ? どう見たって、マチルダのほうが護衛だろ?」
悪態をつくダニエルは無視して、ルドの顔をのぞきこむと、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
あ…、そうか!
ルドは色が見えるもんね。
ダニエルの色が、すごーく怖い色なのかも。あり得る…。
繊細なルドに、なんてものを見せるのよ、ダニエルの奴!
ルドは私が守らなきゃ!
そう思った時、まわりがざわざわとし始めた。
人が集まってきて、みんなが、こちらを見ている。
「かわいそうに…」
「あの男の子、いじめられてるんじゃない? ほら、泣きそうだもの」
「あれ、ヒル伯爵家のダニエル様よね…。自分より小さい子をいじめるなんてひどいわ…」
ぼそぼそと言う声が聞こえてくる。
上からルドを睨みつけるダニエル。目をうるませて、おびえるルド。
確かに、ダニエルがいじめているみたいに見える…。
ルドのか弱い少年の姿は、庇護欲をそそる。
本当はダニエルよりも年上なんだけれどね…。
「ねえ、先生を呼んできたほうがいいんじゃない?」
と、声がした。
ダニエルもまわりの声が聞こえたようで、チッと舌打ちをした。
「おい、マチルダ。こんな弱い従者、何の役にもたたない。やめさせろ!」
そう言い放ち、ルドをひとにらみしてから、急いで伯爵家の馬車に乗って去っていった。
私はルドに感心して言った。
「すごいね、ルド! ダニエルをあんなに簡単に撃退するなんて! いつもは、もっと、ネチネチネチネチ嫌味を言ってきて、面倒なんだけどね…。ルドのおかげで助かった、ありがとう!」
「マチルダ様のお役にたてて良かったです。最弱の従者として、やれることがありますから…」
そう言って、微笑むルド。
最弱の従者って…。
もしや、さっきのわざと…?
ルドを見た。私を見る大きな目は澄んでいる…。
うん、私の思い過ごしだ。だって、こんな、きれいな目をしたルドが、わざとなんてするわけない!
偶然うまくいっただけだよね。
読んでくださって、ありがとうございます!




