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遅い始まり

ルシルは窓から同じように覗いたが、暗くてよく見えない。暴漢たちがまた追いかけてきたのだろうか?


「ルーシーはここにいて。僕が見てくるよ」

「えっ…」


今まであった温もりが離れていくのは心許なく、ルシルが不安な顔ををしたのを見てルイが優しく言った。


「大丈夫。ここに怖いものは寄せ付けないから」


そして扉から静かに出て行った。

ひとり残されたルシルは月明かりだけの室内でぎゅっと縮こまった。


しばらくして何人かの人の声とバタバタと走り回る音が聞こえてきた。

しかも気のせいではなかったら、こちらに近づいてきている気がする。


ちょっと!寄せ付けないんじゃなかったの?


暗い室内に身を隠しながら、それが気のせいであってほしいと願いはむなしく、やや乱暴に図書室の扉が開いた。


ひゃっ


「ルーシー!」

「え?」


聞き覚えのある声に、思わず灯りが漏れる扉の方へ顔を出した。


「レオ?」


自分をルーシーと呼ぶのは親を除けば二人しかいない。そしていつも呼ばれる幼い声を聞き間違えるわけなかった。


レオが、なんでここにいるの?


ルシルを見つけたレオが走って駆けつけ、派手に破れた衣服に顔を顰めた。


「怪我は?遅くなってごめん」

「大丈夫…、どうしてこの場所にいるってわかったんですか?」


レオの説明によると、室外ではいつもひっそり護衛をつけていて、異変が起きればすぐに知らせてくれるそうだ。襲われた時、矢から庇ってくれたのはその護衛だったのだと気付いた。


「ともかく、帰ろう。ここにいたら風邪をひく」

「ええ、あっ…そういえば、ここに来るまでに誰かとすれ違いませんでしたか?」

「この旧館で?いいや?」


ルイは外に出てしまったのかな?最後にお礼を言いたかったけど、今度でもいいかしら


今日はさすがに疲れたので、大人しく帰る事にした。立ち上がるとレオが手をだしてエスコートしようとしたが、ルシルは困った顔をした。


「走っている最中にヒールが折れてしまったので、レオの方に倒れこんでしまうかもしれません。危ないですから…」


対格差があるので、そのまま押しつぶすのが怖くて遠回しに断ると、レオは少し俯いてから近くの護衛にルシルを運ぶように指示した。




自室に帰ると風呂に入らせてもらって、ゆっくりと椅子に座ってから甘い飲み物をもらう。横には心配そうな顔をしたレオがいる。


「落ち着いた?怖かったよね」

「もう大丈夫です」


にこっと笑いかけても、レオはまだ顔を顰めてこちらを見ている。ルシル着替えたが、レオはパーティーの服装のままでずっと付いてくれていた。


「ルーシーを狙った者たちは必ず捕まえる。大体予想は出来てるけど…。その後どうなったかも必ず報告するから、それまで護衛を増やすけど我慢して欲しい」


そういえばルイが襲ってきたのは第二王子の派閥のものだって言ってたっけ


ルシルは聞きたいことが沢山あった。被害にあった当事者なので、詳しく聞く事は出来るはずだ。ぐるぐると考えていた為か、思っている事と少し遠い質問が口から出てきた。


「レオは、どうして私を婚約者にしたんですか?」


レオの方もあまり予想していない事だったのか、少し目を丸くしてこちらを見ている。けれどゆっくりと応えてくれた。


「正直に言えば、僕はルーシーを知らなかった。条件に合う令嬢を周りが調べて、それを承諾しただけだ」


それはそうだろうと思った。まず婚約者は年齢の近い者を選ぶし、元々交流を持っていたのもその年代だろう。何かしら合わずに年代を広げて行ったに過ぎない。


「それに、出来ればその質問はもっと早くに欲しかった。僕はルーシーに誠実でいたいから、聞いてくれれば答えていたよ」

「え?」


そして少し悲しそうな表情でレオが続けた。


「ルーシーは僕に興味がないから」


今度はルシルが驚いた。そんな事はないと言いたかったが、はたしてそうだろうかとも自問自答する。

王位についても踏み込んではいけないと理由付けをしてこれまで何も聞いてこなかったが、それ以外もレオという人間に興味を持って話していただろうか。


レオからの言葉に無難に返していただけだ。それがレオじゃなくても王族なら同じ言葉を返しているかもしれない。彼の好きな食べ物、趣味、何を考えているのかも実は知らないのではないだろうか。それはすぐに終わってしまうこの関係に何の期待もしてなかったせいもあるのだろう。


けれどそれを気付かせてしまったのは、とても残酷な事だったのかもしれない。彼からくれる気持ちはいつもとても温かかったから。


「僕はルーシーよりも年齢も身体も小さいし、そういう対象でないのはわかってる。誰もが君の方が正しいと言うかもしれない」

「レオ…」

「なら僕の気持ちは間違っているのかな。好きになったと言っても幼いからと、きっと君には信じてもらえないのだろう。弱音も吐いてくれなければ、頼る事もしてくれない、子供だからね。けれど仕方ないじゃないか、どうやっても僕はルーシーより年上にはなれないんだから!」


ここまで感情的になったレオを初めて見たので、ルシルはどうしていいかわからなかった。とりあえず落ち着かせようと、レオの肩に手を置いて宥めた。


「ルーシーの前ではかっこ悪いから本音は言わないつもりだったのに…くそ」


レオはルシルの前ではいつも年齢よりも高い口調と態度で接してくれていた。それは幼い自分を隠す様に、少しでも異性として見られたかったのかもしれない。


けど周りには子供の自分を利用するのに、私にはそう見られたくないって…


そのアンバランスさに少し微笑ましいものを感じて口元が緩んだ。


「僕は年齢はこれからもずっとルーシーを抜くことはないけど、きっと身体はすぐに大きくなるよ。だから、十歳の僕より十一歳の僕を、十一歳の僕より十二歳の僕を、好きになって欲しい…押し付けたいわけじゃないけど…」


どんなに大人顔向けに振舞えても、精神は年齢をなかなか上回れない。これは十歳の彼にとって、精一杯の言葉なのだ。


「はい。レオを見ています、これからも。だから、貴方の事を教えてもらえますか?」


多分、彼が望んだ答えではなかっただろうが、今のルシルではレオと同じものは返せないのだと思った。嘘はつきたくなかったから。


そしてこの優しい少年に傷ついて欲しくない、笑っていて欲しいと心から思った。

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