パーティーの夜
「ねえ、レオおかしくないですか?」
「超かわいい」
以前、エスコート付でパーティーに誘われたが、その為のドレスや宝石などはレオが全て選んだ。ある意味全身レオ好みのトータルコーディネートだ。
「ルーシーは色が白いからもっと濃い色のドレスでも良かったかなあ、でもなあ」
本人は拘りがあるのか、未だにぶつぶつ言っている。
「ドレスが豪華だから負けてないといいんですけど…。私が選ぼうとすると、レオがダメだしするんですもの」
「だってルーシーのセンスは壊滅…いや、ちょっと、えーと地味って言うか」
「……」
レオが咳払いして行こうかと手を出した。ルシルにとっては今日はある意味社交界デビューであり、初めて婚約者として公の場に赴くことになる。
「レオもかっこいいですよ」
横に並んで微笑んだが、何か不満なのか少しため息を吐いたレオがこちらを向いた。
「会場では僕から離れないって約束してくれる?」
「え?ええ、わかりました」
よくわからないが、とりあえず了承しておいた。
会場ではすでに多くの賓客が集まっていて、中に入ると一気に注目された。ひそひそと何か囁く声や笑い声がこちらに向けられているような気がする。
うう、居心地悪い…
「兄上はまだ来ていないみたいだ。姉上たちはいるから挨拶しようか」
順々に挨拶すると、予想通りルシルをあまりよく思ってないのか目も合わせてくれない方もいた。その中でも二番目の姉であるアリシア王女殿下は比較的友好的に話してくれた。
「まあ、レオがあまりにも紹介してくれないから本当はいないのかと思っていたわ」
「可憐な花は隠しておきたい質なので。ルーシー、こちらはアリシア姉上、多分兄姉たちの中で一番口達者な方だと思う」
「それ褒めてないわよね。相変わらず可愛くないガキね」
仲がいい…のよね?
ルシルは口は挟まず姉弟の話を笑顔の仮面をつけながら聞いた。
「本当に素朴な花を選んだのね…太陽を目指すなら私が後ろ盾になっても良かったのに。私はエドよりも貴方の方がいいと思っているの」
「僕は遠い太陽に焦がれるよりも身近な花を愛でたいのです」
どういう意味かしら?
ふふっと笑ったアリシアは今度はルシルの方を少し見ながら続けた。
「なら気をつけて守りなさいな。この会場にも私と同じ意志を持った人間は少なからずいるでしょう」
「そのつもりです」
そしてアリシアはじゃあねと二人に手を振って、人々の輪の中に溶け込んでいった。よくわからずに不思議そうにレオを見つめると、何でもないよと手をとって一緒に椅子に座った。
「疲れたでしょ。後は主役の兄上が来るまではのんびりできると思うよ」
「ええ、でも…」
王族の人達は誰もが人々に囲まれて挨拶を受けている。レオにも話しかけたそうな貴族の人達がチラチラこちらを見ているのがわかる。
「レオは行かなくていいんですか?」
「僕は幼いから」
それ、自分で言う?
まったく幼くない言動をするレオを見ながら、二人でジュースを飲んでいると貴族の召使のような人がとうとうレオを呼びに来た。ルシルはどうぞと送り出す気持ちでいたのだが、レオのとった行動は予想外過ぎた。
「やだ!!僕はルーシーと遊びたいんだから。ねえ、ルーシーも僕と居たいよね?」
いきなりルシルの腰辺りに抱きついてきたと思ったら、大声でそんな事を言ったので目が点になった。
「えっえええええ!?」
周囲も聞いていたのか一瞬話し声がぴたっと止まったと思ったら、今度は別の声が静かに聞こえてきた。
「まあ、うまく手懐けたこと」
「第二王子は利発だと聞いていたのだけれど」
「所詮、まだ子供ね」
レオが何を考えているのかわからないが、彼の評判が落ちるのはルシルも望んでいない。どうにか止めようとしたが何故か腰にくっついて離れない。その内召使も諦めたのか、二人の側から離れて行った。
「レオ…なぜ?貴方が悪く言われるのは嫌です」
「ルーシーが気にする事はないよ。なにせ僕がまだ子供なのは本当なんだから、こんなの悪口にもならない」
周りの大人たちより上手に見えるレオに少し微笑みながら二人で話していると、今度は小さな泣き声が聞こえた。声の主はレオよりも小さな少女で、親とはぐれてしまった迷子らしい。
「どこの子かしら?レオは知っていますか?」
「青いリボンの領地は北のリレヴェルとリングレーゼだ。数年前に後継者が結婚したのがリレヴェルだったと思うから、そっちの子供じゃないかな」
レオが親の顔がわかると言うので連れて行ってあげてほしいとルシルが言うと、少し渋い顔をされた。
「僕はルーシーの側を離れたくないんだけど。近侍に頼めばいいだろう」
「でもほら、レオの手を放しませんし歳が近い方が安心するのでしょう。心細いでしょうから」
レオは嫌がっていたが結局引き受けてくれた。絶対そこから動かないでと何度も念押ししながら。なぜそんなに心配するのかわからなかったが、その答えはすぐにわかった。
「ねえ貴方が第二王子の婚約者なんですって?」
レオがいなくなってすぐに数人の女性に取り囲まれた。皆ルシルと同じくらいの年齢の貴族の令嬢のようだった。
「みんな貴方の事何て言っているのか知ってる?幸運の貧乏令嬢ですって。どうやって王子の婚約者に成り上がったのか皆聞きたくて仕方ないの」
ルシルが王家の血を継いでいる事はあまり知られていない。当の父親は勘当まがいに王家から出ているし、何より故人なのでルシルの身分はただの子爵令嬢でしかなかった。
「…私に選択権はありません。全ては王家の決定です」
「まあ少しの間でも夢が見れるなら幸せでしょうね。どうせ長くは続かないでしょう」
この婚約が期間限定かもしれないのは、ルシルは最初からわかっていた。年齢もそうだが何より身分が足りない。何かしら政治的要因で自分が選ばれたのだろうと。
レオを見ると少女を送り届けた後、どこかの令嬢達に捕まっているようだった。皆レオと同じくらいの年代の子達で、一緒にいるととてもお似合いに見えた。
あれが本当のレオの居場所よね…
「そのドレスも素敵ね。きっと子爵家じゃあ一生身につけられないものだったわよね」
そう言うと、ひとりの令嬢が色のついた飲み物をルシルの服に零した。ドレスは淡い色合いをしているので汚れがとても目立った。
レオの選んでくれたドレスが…
何となくレオがずっと一緒にいてくれた理由が分かった気がした。彼は自分を守ろうとしてくれていたのだろう、この会場にある悪意や攻撃から。
「楽しそうだね」
頭上から降ってきたのは女性の声ではなく、男性のものだった。一人の女性が驚いて声をあげながら後退る。
「殿っ…」
「僕は女性が好きなんだ。どれも美しい花のようで。花は皆、優雅に咲いていて欲しい。けれど他の花の養分までとるなら間引かないといけなくなる。今なら見なかった事にしてあげるよ」
令嬢達は蜘蛛の子を散らすようにルシルの周りからいなくなった、残されたのはルシルと男性の二人。
「あ、あの…」
「全く、あのバカ弟はどこに行ったんだ」
この口の悪さに既視感を覚えた。
「失礼。僕はこの国の第一王子エドワード、レオから話は聞いているよ」
「貴方が…。私はルシル・ハワードです。お会いできて光栄です」
「けれど貴方もいけないな。ああいうのは黙っていると調子に乗るんだ。それでは婚約者であるレオも軽く見られる。アイツは鈍感だけどそれなりに頑張ってはいるようだから」
「は、はい。すみません」
見た目はどことなくレオと似ていた。噂よりもしっかりした印象で、自堕落な感じはしない。
「いや、すまない。初対面で説教をしたいわけではない。ただ、貴方も自分を大事にして欲しい。貴方を好きなレオも傷つく。ドレスは…汚れは取れそうにないな」
「いえ、エドワード殿下に挨拶出来たら退出しようと思ってたので、そろそろ失礼します」
流石にパーティーの主役なので送っていけなくてすまないと謝る第一王子に背を向けて、ルシルはさっさと会場を後にした。レオに何も言わなかったがもうあの場にいたくなかった。
わかってたけどきつかったなあ…ドレスどうしよう
とぼとぼと自室までの夜道を歩いていると、何か光るものが目の前を通り過ぎた。
え?
後ろを振り向くと、数人の追いかけてくるような足音がしてルシルは身の危険を感じて走り出した。