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やっぱり変な人

ルシルはもう来ないだろうと思っていた旧館の前にいた。

なぜならあまりに急いで逃げ帰ったため、靴を片方忘れたためだ。


さすがに間抜けすぎて、侍女に靴忘れたから取って来てとは言えなかったわ。また変な噂が広がりそうだし


あの変な人に会わないように、今回はかなり朝早くにやってきた。貴族は朝はゆっくりな人が多いのでここに来るまでも殆ど人と会わなかった。


図書室の扉を開けると、脱げたであろう場所に靴がそのままあった。誰も居ないのを確認してルシルが靴に近づいて屈むと、肩にいきなり手を回された。


「僕の天使」

「きゃああ!!!」


あまりに驚いてその場に転げると、慌てた様子で支えてくれたのは昨日の変人さんだ。


「危ないよ。怪我はしなかった?」

「今まさにする所だったわ!後ろから抱き着いてきた誰かさんのせいで!貴方どうしてここにいるの?」

「また会えるかと思ってね」


ちゃっかり指を掴んで話さない男性をじろっと睨む。やっぱりこの男の距離感はおかしい。


「知り合いでもない女性の身体に触るのは失礼よ」

「…?僕とルーシーなら問題ないだろう」


どういう理屈よ?


この男性と本当に同じ言語を使っているのか不安になってきた。会話がかみ合わないんですけど


「私達はこの前初対面だったでしょ。そんなに親しい間柄でもないわ」


ルシルがそう言うと、男性は少しだけ寂しそうな表情で笑った。


「なら君の事を教えて欲しいな」

「残念ですけど、私の婚約者があまり仲良くしないで欲しいんですって」

「婚約者?君はまだ子供だろう?」

「私はもう十六よ。貴方だってそう変わらない歳でしょ」


男性は先ほどの笑みを消して、何故か真剣な表情で聞いてきた。


「その人を愛しているの?」

「え?」


何故そんな事を聞いてくるのか不思議だった。貴族の結婚は最初に政治や利益が先に来るものだ。


「貴方の言う愛とは違うかもだけど、穏やかな関係を築いてはいるわ。そもそも相手は私よりも六つも年下だし」

「結婚は愛する人としなきゃダメだ」

「何それ。何で貴方にそんな事言われるの?」

「僕が世界で一番、君の幸せを願っているからかな?」


綺麗な顔の眉間に皺がよるのを見ながら、ルシルは少しだけ笑った。何故この人は他人の結婚をこんなに気にかけるのだろうか。


「…正論だけどそれは理想よ。現実はもっと考えないといけない事があるでしょ?それに貴方が愛なんていうとちょっと似合わないわ」

「どうして?」

「貴方、自分が一番好きそうだったもの。確かに端正な顔つきだけれど」


最初に会った時の事は忘れられない。ナルシストぶりを発揮した男性にドン引きしたのは、生まれて初めてだったから。


「ああ…。僕が自分の顔が好きなのは、妻が好きだと言ってくれたからなんだよ」


は?


あまりの爆弾発言にルシルは言葉を失くしてしまった。


「妻帯者なの?なのに他の女性にそんな軽薄な台詞を言ってるの!?」

「ええ…?他の女性って…僕が愛してるの妻だし、同じくらい大事なのは君だけだよ」

「わけがわからないわ!」


妻を愛しているのはわかっても、同じ立ち位置に自分がいるのは理解できない。

自分はこの男性と面識がないのは確かだし、現に名前も知らない。


「妻がいるなら他の女性に親しくするのはよくないわ。同じ事されたら悲しかったり憤ったりするでしょ?」

「うーん、どうかな…。もう随分会えてないし、僕は彼女が再婚でもして幸せになってくれたらいいなとは思ってるけど」


それって、離縁したのかしら?まだ若そうだけど…


この国では王族以外は一夫一婦制で、重婚は認められていない。再婚という事は、現在婚姻関係はないという事だった。とりあえず無関係のルシルが詳しく聞けることではないなと、その話題には触れなかった。


「もう靴も回収したし、後は何冊か本を借りて帰るわ」

「ルーシーはどんな本に興味があるの?僕は結構詳しいよ」

「…ちょっと、私愛称で呼んでいいなんて許可してないわ」

「じゃあ僕の事も、ええっとルイと呼んでよ」


そうじゃない


ルシルはもう面倒になって突っ込むのをやめた。


本棚を見て歩くと、後ろからルイがいそいそと付いてくる。ルシルが一冊の本を手に取ると、それをじっと見つめてくるのはちょっと鬱陶しい。


「異国文化に興味があるの?どこの国か指定するならもっと詳しい資料があちらにあるけど」

「いや、詳しくはないのよね。そういう教育も受けてないし…会話に出てきたから少しだけ知りたくなっただけ」

「じゃあ、周辺諸国なんてどう?海に囲まれた島国があってとても綺麗らしい。まあ僕程じゃないけどね」


ああそう…


しかし詳しいと豪語するだけあって、持ってきた資料や本は初心者のルシルが見てもとてもわかりやすかった。


「…地図を見ると周辺諸国は結構あるけど、この島国が好きなの?」

「行った事もないけど、そうだな、僕の故郷らしいから」


らしい?


ルシルが不思議そうに見上げると、ふっとルイが笑って口を開いた。


「僕は見た目でこの国の人間じゃないとわかるだろう?まあ、自分のルーツには興味があるじゃないか」


ここにいるという事は、片親は自国の上位の貴族で、多分もう一方が異国の人なのだろう。それはわかるけれど、普通自分の親が教えてくれるのではないだろうか?そんな意味合いを込めた視線にわかってると言うように笑った。


言いたくないなら聞かないけど


ルイの憂いを帯びた横顔を見ながら、この人もまたルシルが答えにくい事は聞かなかったなとふと気づいた。


何でもずけずけと聞いてくる距離感のない人のように感じたけど、実は空気が読める人なのかな?いや、距離感はおかしいけど


「…青い目、綺麗ね」

「ルーシーも陽に当たると、紫?薄い水色に見えて綺麗だよ」

「色素が薄いみたいなのよ」

「そっか、お揃いだね」

「違うでしょ…」


自分を見つめる嬉しそうな顔を見ながら、この人が自分に向ける感情は何なのか興味が出てきた。


「私、もしかして貴方と会った事がある?」


ルイは少し驚いた後、何か考えるようにしばらく間を開けて答えた。


「ルーシーは覚えてないかもね」

「え?本当にあるの?いつ?」

「教えない。言ったらきっと、ルーシーに嫌われちゃうから」


やっぱり変な人


出してもらった綺麗な表紙の本を手に、これまた綺麗に微笑む男性に見送られながら図書室を後にした。

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