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愛おしい人

あれから八年、レオが成人を迎える年が来た。

同時に二人の結婚式を行う年でもある。


ルシルはひとり、旧館の図書室の窓辺に腰かけて外を眺めていた。母との会話の後から、何度この場所に訪れてもルイと会う事はなかった。けれどルシルはたまにここにやって来ては独り言を話す。


今はもういない誰かに向かって。


「結婚式の準備って大変なのね。もう何日もまともに寝れてないわ…けれど母様も楽しみにしてるから」


寝不足の目を擦りながら、日差しの中で微睡みながら続ける。


「新しい家族が出来ると言っても、もうレオはずっと一緒に居るから家族みたいなものだけど…ルイの事はやっぱり今でも父親とはあまり思えないのよね」


産んだだけでは親にはなれないのと同じで、育てて一緒に暮らしていく中で家族になるものだと思う。そういう意味ではルシルは父親と過ごした時間が少なすぎた。


「でもそれでもいいのかなって思うわ。私を愛してくれた父親がいたってだけで十分だもの、母様も幸せそうだったしね」


ふふっと笑いながら、この場所で惜しみなく愛を囁き変人だと思った日々を思い出した。


「変な人だなと思ったのに、好感が持てたのが不思議よね。あれが貴方の魅力だったのかしら。けど、今ではレオの方が好きよ。相変わらず家族愛も強いけど、もうずっと前からレオの方が大切なの。だから安心して」


好きな相手と結婚して欲しい、幸せになって欲しいと言っていた青い目をした父親を思い出す。そんな相手に届く様に、結婚前にちゃんと報告したかったのだ。


「私の髪色は母様から、色素の薄い瞳の色は貴方からもらったのね…」




暖かな日差しに思わず寝入っていたようで、捜しに来たレオに揺り起こされた。


「ルーシー、またここで寝てたら駄目だよ」

「ん…レオ?どうしたの?」

「兄上が僕たちに話があるって」


エドワードは王太子になり、噂が嘘のように職務を全うしている。そして第二王子であるレオも外交関係の仕事を任されるようになった。


「何かしら、じゃあ行かないと…」


レオの手を取って起き上がると、隣には自分の背丈よりも随分高くなった婚約者がいる。もうあの頃の少年はいないのがたまに寂しく思ったりもする。


「レオはおっきくなったなあ」

「何?いきなり」

「前は抱き着いてきたりして可愛かったのになあって」

「あ、そゆこと?今もできるよ?ほらっ」


そう言うと、レオはルシルをひょいと横抱きにして歩き出した。俗にいうお姫様抱っこだ。


「きゃあっちょっと、レオはおろして!」


笑いながら無視するレオを余所に、すれ違う侍女たちが微笑みかける。こんな事ばかりしているので、第二王子と婚約者はずっと仲が良いと噂されている。


王太子の執務室に来ると、レオの兄であるエドは呆れた様子でこちらを見返した。ルシルは恥ずかしすぎて直視できずに顔を隠している。


「君達相変わらずだな、まあいいんだけどさ。それだけ好きあっててまだ何もしていないってどうなんだ?男だろ、お前?」

「兄上、ルーシーの前で下品な事を言うのなら帰りますよ」


エドがはいはいと、数枚の指示書のようなものをレオに手渡す。


「お前も成人だからな、外交任務で周辺諸国に行って欲しい。詳細はその紙に書いてる」

「兄上…一人前として認められたのは嬉しいですが、新婚なのに妻と引き離すおつもりですか?嫌がらせですかね?」


レオが笑みを凍り付かせて睨むのを、ルシルは引きつった笑みを浮かべて見守った。


「いや、任務って言っても島々を回るだけだから、新婚旅行にでもどうかと思っただけだよ。ついでに適当に領主に挨拶してくれればいい」


にゅっと書類に目を向けたルシルが、行きたいですというとレオもエドも少し驚いた。結局ルシルがいいならとレオが承諾して話し合いは終わった。


「兄上はどんどん図々しくなるなあ」

「最初はもう少し丁寧な話し方してたと思うけど」

「だから本性隠してるって言ったでしょ?あの時はルーシーは他人だったからだよ。けど僕と結婚したら身内だからね、あの人身内には容赦ないから」


それはそれでちょっと嬉しかった。ちゃんとレオの伴侶して認められたようで。


「けど、何でルーシーは外交任務に乗り気だったか不思議なんだけど?」

「ああ…周辺諸国の事を調べていた事があるの。いつか行ってみたいなあって」


地図には何か所か指定されていたが、そこにはあの日話した父親の故郷があった。あの人の代わりに見てみたいと思ったからだ。


「まあ、その前に結婚式よね。覚える事が多くて…」


そう話していると、レオがじっとこちらを見ているのに気付いた。どうしたのと言うように首を傾げて見つめ返した。


「ちゃんと言ってなかったと思って、ルーシーより大きくなって一人前に認められないと、どうしても口に出せなくて」


跪いてレオがこちらを見上げながら手をとる。


「貴方が好きです。どうか僕と生涯共にいてください」

「レ、レオ…?」


そんな事を改めて言わなくても、ルシルは婚約者なので結婚する事に変わりはない。それでもレオにとっては伝えたかった強い想いなのだと感じた。


ルシルはレオには初恋の事を伝えていた。

知っていたよと、それでもルシルから婚約破棄されるまでは諦めなかったけどねと笑っていた。

王命と違って心を縛る事が出来ないのは誰よりも知っていたから。

その時からかもしれない、彼に特別な想いの方が強くなっていったのは。



八年前に落ちる様に幼い恋をした。そしてまた、ゆっくりと育てていった穏やかな恋をしている。

それはいつか、また別の何かに変わるのかもしれない。母が愛してくれたように、父が幸せを願ってくれたように。

けれど、その時隣にいるのはレオがいい。


「はい。私もレオが好きです。貴方と一緒に生きていきたいです」


ルシルが笑って言うと、レオは無言で涙を流した。どんなに幼くても泣かなかった少年が、自分の言葉で泣き出したのが愛しくてとても幸せだと思った。

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